夏喜のことが好きなんだって気が付いたら、それからの毎日の色が変わった。
今までよりももっと家のことをしっかりやろうと思ったし、掃除も、洗濯も、食事も、睡眠不足で栄養が偏りがちな夏喜のために、少しでも栄養になるものを、と思って、勉強するようになった。
ここでの生活が二週間を過ぎた頃、ヒロトから電話がかかってきた。
これまでヒロトには、友達の家に泊まると言って家を出ていた。
何度かしつこく電話があったけど、出たり、出なかったりで、どうにかやり過ごしていた。
だけどそろそろ限界かもしれない。
彼の怒りも最高潮に達しているだろう。
夏喜への想いが分かったところで、いい加減ヒロトともきちんと終わりにしたい。
ちゃんと、話して、別れるって言いたい。
『お前、今、どこ』
電話に出た第一声がそれで、ヒロトの苛立った気持ちが伝わってくる。
「どこって、友達んとこ」
『はぁ?いい加減にしろよ?いつ帰ってくるわけ?』
「……」
強い口調に、何も言い返せなくなる。
こうやってすごめば何でも言うことを聞くと思っている。
自分よりも弱い生き物を力でねじ伏せて、支配下に置こうとする人間は、大嫌いだ。
大体そこは私の家じゃない。
ヒロトだってそう思ってるくせに。
自分の家に、私は、住まわせてるだけ。
「…しばらく、戻らない」
『はぁ?何言ってんの?』
「てゆーか、もう戻らない」
もうこんな男切り捨てていく。
生活に必要なものはほとんどこの間ヒロトの家から運び出している。
置きっぱなしにしているものは、季節じゃない私服くらいだ。
そんなものもういらない。
もう二度と会うまいと思ったら、急に強くなれた。
『お前、何言ってるかわかってんの?』
「分かってる。ヒロトとは、もう会わない」
『帰る家もないお前を、ずっと養ってやってたのは誰だと思ってんだよ?』
「ごめん、それは感謝してる」
『だいいちお前、俺んとこ出たって帰る家ねぇだろ?』
夏喜の家にいられなくなったら、私はまた行くところがなくなる。
そしてそれはもしかしたらそう遠い未来じゃないかもしれない。
でも、こんな男の家に戻るくらいなら、死んだ方がましだ。
「実家に、戻ることにしたから」
それは嘘だけども、こう言っておけばヒロトもしつこくしないかもしれない。
あんまりしつこくするようだったら、親に言う、とでも脅しておこう。
『嘘だろ、そんなの。お前、家には二度と戻れないって言ってたじゃねぇかよ』
こういうところだけ、鋭い。
『いいか、とりあえず一回戻ってこい!俺から逃げられると思うなよ?』
プツ、と通話は切られた。
ヒロトは私が逆らえないと思っている。
でも、絶対に戻らない、そう決めた。