次の日、まだ暗闇の中、目が覚めた。
私は、どうやらコンタクトを付けたまま眠っていたらしく、ひどく目が乾燥して痛みで起き上がった。
瞬きするたびにうまく目が開かなくて、やばいな、と思った。
早く外さなければ。
何度か強く目を瞑って、瞳に潤いを与える。
そうすることで、少しずつ瞼が開くようになってきた。
洗面所へと向かう。
まっ暗闇の中、今が何時頃なのか分からない。
だけど、いや、だからこそ私はためらいもなくそのドアを開けた。
誰もいるはずがないと思ったのだ。
だけど、見えたのは、大きな、肌色の、背中。
私よりもずいぶん大きなそれは、どう見ても、男の人のそれだった。
「お前、ノックくらいしろよ」
「ごめん!」
すぐにそのドアを閉めた。
シャワーでも浴びていたのだろう。
夏喜の上半身は、しっとりと濡れているようだった。
両手には、バスタオルを持って、筋肉質な、背中だった。
だけど、見てはいけないものを見てしまったような気がした。
つるりとした、大きな肌色の背中に、赤い、痣。
背中から左腕にかけて、斜めに大きく一本、入っていた。
ずいぶん広範囲に見えたけど、あれは、火傷?
ううん、火傷だったら、多分あんな線上にはならない。
何か、鋭利なもので傷をまっすぐつけられたかのような、細くて長い傷跡だった。
「なに、あれ…」
部屋に戻ると、暗闇の中、腰が砕けたように座り込んだ。
夏喜の、傷。
あれが、夏喜の中にある、心の傷?
一緒に暮らすようになって、すっかり忘れていた。
夏喜の優しさと、自然な無邪気さと、日常に触れて。
だけど、ずっと思っていた。
夏喜には、何か内に秘めた傷がある。
私と、同じような。
翔さんがいつか、言っていたように。
気になるけど、それどうしたの?なんて、本人に気軽に聞けるわけない。
あんな大きな傷、小夜子さんが知らないとも考えにくい。
だったら、知ってて敢えて何も言わないということ。
そうなると、小夜子さんにも聞きづらい。
「だから、あたしのとこに来たの?」
私は、こくん、と頷いた。
目の前に座る、彼を見つめて。
その日、学校が終わってすぐ、夏喜がまだ出勤してくる前に、私は翔さんのお店に行った。
「翔さんなら、何か知ってるんじゃないかと思って」
翔さんも真剣に私の瞳を見つめ返す。
「何のため?」
一息置いて、彼が言う。
「え?」
「何のために、知りたいの?ただの興味本位なら、やめといた方がいいわよ?」
「興味本位なんかじゃない!」
「じゃあ?」
「夏喜のことを知りたい。もし、それで何かあるんだったら、夏喜の力にもなりたい」
だって、夏喜は私を助けてくれたから。
決して冷やかしなんかで聞いてるんじゃない。
それを、分かって欲しい。
ふぅ、と翔さんがため息をつく。
「藍ちゃん、今、夏喜のとこにいるのよね?」
「…うん」
「正直、意外だったわ。まぁ、追いかけなさいって言ったのはあたしの方だけど、まさかそんなことになるなんてね。あの子、あんまり人に深く介入しようとしない子だったから。
…でも、やっぱり藍ちゃんには何か感じるものがあったのかしらね?」
「それは…」
分からない。
夏喜が、いったい何を考えているのか。
どうして私に、こんなに良くしてくれるのか。
でもだとしたら、それも含めて、知りたい。