「おい!」
後ろから聞こえた声が、すぐに夏喜の声だって分かった。
「おい、待てって」
それでも私は振り向かずに前を向いて歩き続ける。
「どこ行くんだよ?」
「カンケーないでしょ?」
早足で歩きながら、夏喜の声を振り払う。
「カンケー、…ねぇけど、」
小さい声で呟かれた言葉に、だったら追いかけてなんかくんな、何で来るのよ、と毒づく。
「男んとこ、戻んの?」
「うるさい!」
「お前、ほんとにその男のこと好きなの?」
足を止めた。
もう、すぐ隣に並んでいた夏喜を睨み付ける。
悔しいくらい、背が高い。
細く伸びた眉が、スタイリッシュで、冷酷だ。
「私にはそこしか行くとこないの!夏喜の言う通り、男に頼るしか脳がないんだよ!」
「悪かったって」
「悪かったなんて思ってないくせに、そんなこと言わないで!」
再び歩みを進めた。
早歩きで街へ向かうのに、夏喜はまたしてもしつこくついてくる。
「何なのよ、もう!」
あんなに私のこと邪険に扱ってたくせに、ちょっと弱みを見せたら、こうなるの。
「悪かったって。言い過ぎた!」
同じように早歩きでついてきた夏喜が私の前に回ってそう言うので、私は必然的に足を止めるしかなかった。
俯いて私を見つめる姿は、背が高いから?
それとも、頭を下げているつもり?
「…別に、いいけど。その通りだし」
ふい、と視線を逸らす。
片側二車線の道路は、やけに街頭が眩しい。
「たからもうほっといて。夏喜には関係ないし、もうお店にも来ないから」
「これからどうするんだよ?」
「別に、今まで通りだよ。ヒロトんとこ戻って、そんで…」
体を与えて、ご飯を作って、学校には、行ったり行かなかったり。
そして、毎日ダラダラと何となく過ごして。
「俺んち、来るか?」
「え?」
「え?」
自分からでた言葉に戸惑っている様子の夏喜を見て、驚いた心を鎮める。
「何だ、冗談」
冗談に決まってるか、はは、と笑ってみせる。
「いや…冗談でも、ねぇけど」
「は?嘘でしょ?何で?」
こいつも、体目当てか?
「家なら、母親に言えばちゃんと理解してくれると思うし…」
そうか、お母さんも一緒に住んでるんだった。
「お前、ほんとにその男んとこ、戻りたいわけ?」
「……」
ひゅう、と木枯らしが吹いて、頬を冷たく濡らした。
そんなの、答えはもう決まっている。
私は、あんなところ、戻りたくなんかない。