片隅 北人⑨ | ♡妄想小説♡

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主に妄想記事をあげています。作品ごとにテーマ分けしていますので、サクサク読みたい方は、テーマ別にどうぞ。 ※物語はすべてフィクションです。  
たまに、推しへのくだらん愛も叫んでます

その日は、雨が降っていた。



昼までは晴れていたのに、夕方になるにかけてだんだんと雲が増し、下校時刻を過ぎた頃には、本格的な雨が降り始めた。



天気予報でもこんなに降るとは言っていなかったので、予想外の出来事だった。



卒業後の進路について職員室に呼び出しを食らっていた俺は、そこを出て、げんなりした。



ブレザーのポケットからスマホを取りだし、雨雲レーダーを確かめる。



しばらく、止まないらしい。



雷も鳴っている。



自転車で帰るのは諦めて、教室へと向かった。



そこには、ずいぶん前から置きっぱなしにしている、折りたたみ傘があるはずだ。



ロッカーの奥に押し込まれていたそれを手にし、生徒玄関へと向かう。



ふと、足を止めた。



今一番、俺の心を揺さぶる存在の、背中が目に入ったからだ。



小柄で、華奢な体質。



膝より少し上に短くしたスカートから、白くて細い足が覗いている。



肩より下に伸びる黒くて長い髪の毛が、外から吹き込む風のせいで、揺れている。



希子だ、と思うけれど、昔のように気軽に話しかけることが出来ない。



入り口で空を見上げるようにして立つ彼女は、傘を持っていないのだろうか。



その背中は、少し憂鬱気に映った。



運動部はもうすでに、室内で筋トレを終えて帰ってしまったのか、校内は割りと静かだ。



遠くにある体育館からは、部活を行っている声は、ここまでは届いてこない。



ザァァッと降り続く雨の音が鳴り響くだけだ。



「希子」



思いきって、その背中に声をかけた。



驚くようにして、希子が振り向く。



「北、」



「今帰り?」



「うん」



「一人?」



周りを見回しても、夏喜の姿はここにはないようだ。



「なんしよったと?こんな時間まで」



「図書室、行ってて。めっちゃ雨降ってきたけん、止むまで待とうかなーって思ったけど、全然止まんけん」



「傘、持たんと?」



「…うん。北人は?」



そこまで言って、気がついたのか、希子は俺の右手に視線を落とした。



そこには、黒い折りたたみ傘を所持している。



ギュッ、とそれを握りしめた。



「これ、使っていいよ」



希子の前に差し出す。



「え、いいよ、北人が濡れるやん」



「俺は、いいよ。チャリで帰るし」



「チャリで帰っても、濡れるやん。この雨だよ?結構遠いやん?北人ん家まで」



「いいよ、はい」



押し付けるように、希子の胸の前に傘を持ち上げた。



「いや、いいって」



「いいけん。希子が濡れる方が、俺は困る」



言ってしまって、かなり恥ずいな、この言葉は、と思ったけれど、取り返しは出来ない。



頬が上気しそうなのを、照れ隠しで目線をそらす。



「私は、…北人が濡れる方が、気になる」



「え?」



視線を戻すと、希子も気まずそうに俯いていた。



「一緒に、使わん?それ」



「俺は、いいけど…いいと?」



「それはこっちのセリフやし。ほんとに、いいと?」



ようやく二人で目を合わせて笑い合った。






雨の中、希子と二人で一つの傘を分けあい、駅までの道を歩く。



傘にはいくつもの雨粒が、ぼとぼとと打ち付けていた。



「さっきよりは、だいぶましになったね、雨」



俺の右隣にいる希子に話しかける。



「うん、そやね」



「なんかさぁ、思い出さん?」



「ん?何を?」



くりっとした吊り気味の希子の瞳が、俺を見上げる。



好きだったなぁ、これが、と思う。



「一年時、部活の合宿で。俺たち、買い出しに行かされたやん?んで、帰りにさ、」



「雨!!降りだしたんよね?」



思い出したのか、途中で言葉を遮って、希子が言う。



「わー、懐かしいー!あれ、もう二年以上前よね?」



「コンビニの袋持ったまんま、雨宿りしたけどさ、全然止まんくて、結局濡れながら二人で走ったな?」



「そうそう、めっちゃ濡れたし。着替えあるけんいっかー、とか言いながら」



あの時は、前の彼女と別れたばかりで、希子のことを女として意識しているわけではなかった。



でも、すごく楽しかったのを覚えている。



もしかしたらあの頃から、俺は希子の事を特別に思っていたのかもしれない。



「懐かしいな」



「うん」



隣にいる希子が笑っている。



それだけで、俺はもう十分、幸せなんだ。



「こないだの、あれさ、気にせんでいいけん」



「ん?こないだのって?」



「いや、忘れて?またみんなで遊ぼ?」



「……」



「希子と夏喜が付き合ってても、俺、別に気にせんけん。また前みたいに、みんなでさ」



「北、」



「冬休みになったら、どっか行こう?とりあえず、カラオケとか?それか…冬の海もよかね?寒い中、バカ騒ぎして。もしくは、自転車で遠出するとか」



「北人、待って」



「卒業までに、いっぱい思い出作ろう?」



「北人、私、…なかったことになんか、出来んよ」



「え?」



雨の音が遮ろうとするのを、俺達の傘の中だけは、籠って、希子の声が聞こえた。



「北人が好きって言ってくれたこと、なかったことになんかしきらん」



「いや、でも、」



「私も、ずっと好きやったもん。北人のこと。嬉しかったよ、こないだ、あんな風に言ってくれて」



ザァァッと、雨音がまた少し激しくなる。



俺の鼓動が、速くなる。



「…でも、今は…」



このまま抱き締めて、希子を自分のものにしたい衝動に駆られるけれど、それじゃあきっと希子を困らせる。



「希子、いいよ。もう今さらやし。今はもう、違うっちゃろ?」



歩みを進めながら隣の希子の横顔を盗み見る。



もう、昔のようにずっと傍にいた頃の、俺が知ってる希子じゃない。



「夏喜にも悪いし。もう忘れよう?」



「……」



カンカンカン、と遮断機の音が聞こえてきて、駅が近いことに気付かされる。



「電車、何時?」



「…多分、もうすぐ」



「間に合いそう?」



「…多分」



俺たちは、駅に向かって歩みを速めた。






「じゃあね」



傘をさしたまま、向かい合って、さよならを告げた。



「うん、ありがとう」



うまく表情が読み取れないけど、希子は、少しだけ口元を緩めて、笑っているようだった。



駅に着いた頃、雨はずいぶんと小降りになっていた。



「これ、持ってっていいよ?俺、だいぶ小降りになったし、もういらんけん」



「大丈夫」



「でも、電車降りてから、歩くやろ?」



「こんくらいなら、平気。駅から近いけん。北人の方が、まだ遠いやろ?」



「分かった。じゃあ」



希子の視線が、一瞬動いた気がした。



どうしたのだろうと、その瞳を覗き込む。



「北、肩…」



「え?」



俺の左肩を指しているようだった。



「濡れとる」



自分でも、首を曲げて左肩を覗き込む。



そうしていたら、希子の白くて小さい手が、その中に映り込んできた。



「私の、せいだよね。私が、濡れんように、してくれとったと?」



俺の右側を歩いていた希子。



濡れないようにと、そちら側にばかり気を配っていた。



自分の左側なんて、どうだってよかった。



「ごめん。…ありがとう」



そんなこと、全然大したことじゃないのに。



好きな女の子を守りたいって思うのは、当然のことなのに、希子は、泣きそうなくらい顔が歪んでいて、消え入りそうなくらいに切ない声だった。



肩に触れていた希子の手が、俺の二の腕にまで下がってくる。



もう一方の右腕も、いつの間にか希子の手に触れられていた。



ギュッと両腕を掴まれたかと思うと、信じられないくらい、希子が近くにいた。



俺の胸に、頭を埋めている。



「北人、ごめんね。ありがとう」



ぽつぽつと雨が残る中、俺は、希子が濡れないようにと、傘で守り続けた。