片隅 北人⑧ | ♡妄想小説♡

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主に妄想記事をあげています。作品ごとにテーマ分けしていますので、サクサク読みたい方は、テーマ別にどうぞ。 ※物語はすべてフィクションです。  
たまに、推しへのくだらん愛も叫んでます

あ、これ、希子好きそうだな。



ファーストフード店、季節の飲み物。



その、限定の新商品を見て、俺はそう思った。



俺の生活の中には、いつだってこんなにも希子が染み付いている。



つい流れのようにその飲み物を買って、俺は店を出た。



十二月の週末、いよいよ海風が冷たくなってきた。



海岸沿いを、あてもなく歩く。



希子は、今頃どうしているだろう。



最近は、こうして妄想の中で考えることが多くなった。



元気かな、何してるかな?笑ってるかな、



…夏喜の、隣で。



そんな風に。



教室にいても、授業中、ずっと希子のことを目線で追ってしまう。



その横顔は、以前より大人っぽく、きれいになった気がして、なんだか俺の心をざわつかせる。



夏喜の、せいなのかな、と。




最近切った前髪、少しだけ濃くなったメイク、変えたリップの色。



その全てが、夏喜の影響なのだとしたら、そんなことを考えると、居たたまれなくなる。



会いたい、声が聞きたい。



笑ってる姿が見たい。



俺の、前で。



切に、願う。






ザアァァッと強く風が吹いて、サイドに分けた前髪が揺れた。



伸びすぎたな、煩わしいな、そろそろ切らないと、そう思って掻き分けると、足を止めた。



目の前に、希子の姿があったからだ。



いや、幻か?



ついに、願望が幻になって出てくるほどまでに、俺の心は限界を迎えているのだろうか。



そう思ったけれど、十メートルほど先に立っている彼女は、確かに、希子本人だった。



にこ、と頬を丸くして笑う姿が以前と変わらない。



「希子」



「北…」



歩みを一歩ずつ進めると、少しずつ俺たちの距離は縮まる。



「何しよっと?」



先に聞いたのは、希子だった。



「兄貴と、そこのショッピングモール買い物来てて、今は、別行動中」



「あはは、そうなんだ。私も」



風が強すぎるのか、希子は流れてくる海岸沿いの方の髪の毛を抑えながら、そう答えた。



「あ、それ、」



手に持つさっき買ったばかりの季節限定のジュース、希子はそれを指差した。



「飲んだと?どうやった?」



「あ、うん。美味しかったよ」



「えー、そうなんだー、私も飲みたかったっちゃんねー」



やっぱり、と思った。



希子が好きそうだと思ってつい買ってしまった、とは言えない。



「ちょっと、飲んでみる?」



「いいと?」



「いいよ」



昔だったら、こんなの当たり前だった。



同じ飲み物を共有して一緒に飲む。



何度だってしてきた。



間接キスだなんて、今さら照れるような年齢でもない。



だけど、今はどうしてか、そう伝える言葉に、とても緊張した。



「はい」



渡す瞬間、お互いの指先が少しだけ触れ合った。



そんなことにも、いちいち心臓が反応する。



俺は、やっぱりどうしても、希子が好きみたいだ。



諦めることなんて出来ない。



夏喜になんか、渡したくない。



「おいしい」



ストローを咥えてジュッと飲み干した彼女は、目を丸くして答えた。



その後にはすぐに三日月みたいに細め、笑った。



かわいい。



「ありがと」



すぐにその飲み物は返却された。



どうしようか、と思う。



よかったら、少し話したい。



「あのさ、」



思い切って言った言葉は、裏返ってしまいそうだった。



ん?と希子が上目遣いでこちらを覗き込んでくる。



「時間、あると?」



「うん、お姉ちゃんからの連絡待ち」



「そっか…じゃあ、ちょっとあそこ、座らん?」



「うん」



希子は、何の疑いもないような、無邪気な笑顔を見せて、笑った。





大型ショッピングモールの裏手に、一つ道路を挟んで、その先は砂浜が広がる。



砂浜へ続く階段の手前に、コンクリートで作られたベンチがあるので、俺たちはそこに腰かけた。



「なんか、久しぶりやね」



人と話すときは体の向きを変えて、覗き込むようにして話しかける。



これは、希子の癖だ。



「うん」



「こうやって話すの。元気やった?」



「うん。元気やったよ」



「北人、進路決まったっちゃんね?」



「うん、希子も。おめでとう」



「ありがとう。北人は、こっちに残るとよね?」



「うん。希子は、福岡に行くと?」



夏喜も一緒に。



地元に残る俺とは、遠い場所に行ってしまう。



「うん。…なんかさ、最近みんなで遊んだりしとらんやん?ちょっと寂しいよね?」



「そやね。みんな進路落ち着いたし、そろそろなんかする?」



「うん!どっか行きたくない?」



「うん。そうやね」



「だってもうすぐ二学期終わるやん?三学期なったら、一月いっぱいくらいしか学校行かんでいいし、すぐ卒業しちゃうよ?」



「うん。あ、じゃあ、ファンタジアのイベントは?」



「え?」



「ほら、この辺出店もいっぱい出るし、夜は花火上がるし、希子、好きやろ?花火」



会話がすらすら出てきて、何だか、前のように戻ったみたいで、俺は、完全に浮かれていた。



それなのに。



「あ、でもその日は…」



「え?」



希子の表情が固い。



「もしかして、先約あった?」



「…ごめん」



夏喜だ。



直感的に、そう思った。



こういう勘は、大体当たる。



「そっか…」



「あ、でもそれ以外やったら!なんか、ほんとみんなでどっか行こうよ!放課後でもいいし、冬休みもあるし!

みんなで遊んでないと、やっぱ寂しいっていうか、ね?」



みんなで…



俺は、もうそんな仲間の一人になってしまっている。



希子と二人でいる世界は、もう訪れないということだろうか。



こんなに、希子が好きなのに。



夏喜なんかより、ずっと前から、俺の方が、好きだったのに。



夏喜なんかに、渡したくない。



その時、ピロピロピロ、とスマホの着信音が鳴り出した。



希子のスマホだ。



彼女が、上着のポケットからそれを取り出す。



「あ、お姉ちゃんだ」



画面を見て、そう言った。



「ごめん、そろそろ行かなきゃ」



じゃあね、と手を振り、体を返そうとする希子の腕を、ギュッと掴んだ。



「え…」



無意識だった。



まだ、離れたくない。



夏喜のところへなんか、行かせたくない。



強く吹く風の音で、消え入りそうな希子の声が聞こえる。



「北人?」



どうしたの?とでも言わんばかりだ。



スマホの着信音が止まる。



希子は、表情を変えない。



ザアァァッと波の音がする。



「…俺じゃ、ダメ?」



「え?」



時が、止まるんじゃないかと思った。



緊張と、強い想いと、波の音で。



「…いや、ごめん。何でもない」



掴んだままだった希子の腕を離した。



後悔してしまいそうなほど、情けない告白だったからだ。



波のせいで、希子には聞こえなかったかもしれない。



「なんて…言ったと?」



だとしたら、これは闇に葬ってしまいたい。



「いや、何でもない。ごめん、行って」



「言ってよ!…ちゃんと。ねぇ、北人!」



希子の瞳が、強く俺を見つめてくる。



好きだった瞳だ。



俺は、これを、失いたくない。



「希子が、好きだ。…ずっと、前から。夏喜よりよりも、俺の方が…」



「北…」



強い瞳がゆらゆら揺れて、どんどん悲しそうな色に変わっていった。



ダメだ、振られる、もう終わりだ、そう思った。



「遅いよ…」



希子はそう呟いた。



「今さら…もう、遅い…」



その通りだ、と思った。