「よーし、じゃあ今日はもうこれで帰ろうぜ?」
団長の黎弥が、みんなに声をかけた。
体育祭まで、あと三日。
さすがに、俺たちは学校が終わったあと、近くの公園で、自主練をしていた。
明日は、下校時刻まで学校で練習して、前日は休んで、別の手が回っていないところを手伝うことにしている。
今日が最後の追い込みだった。
衣装係の希子たちは、希子の家に泊まり込みで、みんなで最終の仕上げをするらしい。
徹夜かも、という希子に、無理しないといいけどな、と思ったところだった。
「颯ちゃーん、駅まで乗せてってー?」
黎弥が甘えた声を出して、颯太の自転車の荷台に股がった。
「はぁ?何で?駅まで近いやん?歩けよ!」
颯太は今にも自分の自転車に股がろうとしていたのに、先に黎弥が後ろに乗るものだから、困惑し言い返している。
「いーやん、どうせ通り道やん?」
黎弥は人に甘えるのがうまい。
おそらく、誰もそれを断らないだろうと、自分でも自覚しているところがあるのだろう。
愛されキャラはそれだから羨ましい。
「じゃあ、黎弥が漕いでよ」
「えーっ、颯ちゃんの方が、何気脚力あるやん?」
「あー、もう、分かったけん!乗って!!」
「じゃ、お先ー」
機嫌よさげに手を振って、調子の良い黎弥の声が聞こえて、彼らは去っていった。
その場に取り残される、俺と、夏喜。
みんなの中でも、一番クールで、あまり喋らない夏喜。
俺も、あまりはしゃぐタイプではない。
賑やかな黎弥と颯太がその場からいなくなると、途端に静かになる。
だけど、二人がああして帰っていったことで、俺は、こう声をかけた。
「夏喜も、乗ってく?」
隣に立つ夏喜は、背が高くて、スタイルがいい。
いつも冷静な佇まいで、男の俺からみても、かっこいいな、と思う。
「俺?」
「うん、駅まで。どうせ通り道やし」
「いや、でも、近いし…」
夏喜は黎弥みたいに調子いいことは言わない。
遠慮というものを、知っている。
だけど、このまま先に俺だけ自転車で帰るのも、気まずいな、と思った。
「どうせなら、ちょっと歩かん?」
夏喜に言われて、何だろう、と思い顔を上げる。
「ちょっと、話したいことあるっちゃけど」
そう言われると、ピンときた。
きっと、希子のことだ、と。
自転車を押しながら、並んで夏喜と駅の方向まで歩いた。
俺たちが住むこの町は、海が近い。
海沿いに、国道と電車の線路が通っていて、その周りにたくさんの店が並び主要の町並が広がる。
そこから坂道を上っていくと、高校や、自然が並んでいる。
ここから駅に行くには、坂道を下る形になる。
いつも、よく希子を送った道。
海風になびかれながらそこを下る瞬間は、とても幸福に満ちたものだった。
だけど、今隣にいるのは、夏喜だ。
「話って、なん?」
いつまで経っても夏喜が話し出さないので、俺は、先に切り出した。
「うん、」
面倒くさいな、と思う。
さっさと済ましてしまたい。
「希子のこと?」
だから、俺は、聞いた。
「…うん。俺、…希子に告ったけん」
「そっか。何となく、分かっとったよ。二人の雰囲気、最近違ったけん」
「そっか…」
カンカンカン、と踏切の音が聞こえてくる。
もうすぐ電車が来るのだろう。
一本乗り遅れると、次の電車は十五分後かもしれない。
だけど今は構わないのだろう。
「北人は、いいと?それで?」
ぎく、とした。
希子の話をする時点で、そうだろうとは思っていたけれど、おそらく夏喜は、俺の気持ちに気付いているのだろう。
「何が?」
「とぼけんなよ、好きっちゃろ?希子のこと」
ザァァァッと波の音が聞こえてくる。
やはり駅が近い。
「別に、俺には、何も言う権利ないし」
「俺なんか、ライバルにもならんってか?」
「そういうわけやないよ。俺は、別に希子の彼氏でも何でもない。誰が希子に告ろうと、ダメとか言える権利はないってこと」
「…そう。俺は、希子に、今度のリレーで一位になったら、付き合って欲しい、って言っとる。まんざらじゃない答えも、貰っとる」
「希子は、夏喜のこと嫌いじゃないやろ。よかったやん」
「本気で言いよると?」
夏喜が、足を止めた。
俺の方を振り向く。
いつも優しい雰囲気の夏喜の、真剣な表情だ。
こっちも、真面目に表情を引き締める。
「俺に取られても、いいっちいうことやんな?」
希子を、取られる。
希子は、颯太が好きなのだと思っていた。
だけど、こうして出てきた夏喜。
夏喜はかっこいいし、優しいし、告白されて、希子だって嬉しいのだろう。
まさか夏喜が恋敵になるなんて思いもしていなかったけど、これが、現実だ。
先に想いを告げた方が、勝ちなのだ。
ふっ、と笑う。
「俺に、そげんかこと言って、いいと?」
「何?」
訝しげに、夏喜が眉を潜める。
「リレー、わざと負けるように仕向けるかもよ?」
やられっぱなしではプライドが持たない。
俺だって男だ。
わざと煽ってみた。
「北人が、そんかことするわけないっち、思っとるけん」
「分からんやん」
希子を取られないためなら、何だってやる。
「俺は、北人なら、フェアにやりたいと思って、こうやって話した。もし、わざと負けるようなことするんやったら、すればいい。でも俺は、それでも希子のこと、諦めんけん」
「……」
完全に、俺の負けだった。
俺は、希子に想いすら告げられていない。
まだ、同じフィールドにさえも立てていない、負け組なのだ。