On Your Mark 88 | ♡妄想小説♡

♡妄想小説♡

主に妄想記事をあげています。作品ごとにテーマ分けしていますので、サクサク読みたい方は、テーマ別にどうぞ。 ※物語はすべてフィクションです。  
たまに、推しへのくだらん愛も叫んでます

そうして始まった、私と公ちゃんの付き合い。



夏に始まり、海にデートに出掛けた。



真夏を越えて、一泊旅行もした。



そして、朝晩が涼しい、初秋を迎えようとしていた。



彼は、付き合う前と同じように、マメに連絡をくれた。



その方が相手からの愛情が図れやすい私の気持ちは、落ち着いていた。



ずっとこんな日が続けばいいと思っていた。



彼は看護師。



必ず土日が休みというわけではないから、一日一緒にいられる日は、貴重だった。



今日は、土曜の夜。



今朝方まで夜勤だった彼と、昼で仕事を終えた私は、夕方街で落ち合った。



ご飯を食べて、どこかに泊まろうという計画だった。




一緒に食事をしていた最中、私のスマホが鳴った。



テーブルに伏せていたそれをひっくり返し、画面を確認して、手が止まった。



"和弘" とあったからだ。



「どうしたの?」



なかなか電話に出ようとしない私に、公ちゃんが聞いた。



「あ、ううん、何でも。ちょっと、電話」



そう断って、席を立った。



最近、なかなか電話なんかかけてこないくせに、どうしてこんな時に、と思う。



どうせ一人で寂しいか、友則と飲んでいて誰かいないか、と探しているだけだろう。



「もしもし?」



ちょっとイラつきを抑えきれない感情で、電話に出た。



こっちはデート中なんだよ、何だよ?とでも言いたい気分だ。



『お、奈津?久しぶりじゃん』



相変わらず意気揚々とした話し方。



どうしても、嫌いにはなれない。



別に切れたいわけじゃないのだ。



彼のことは好きなのだから、これからも友達として、緩く付き合っていきたい気持ちはあるのだ。



「何よ?どうしたの?」



『お前今何してんだよ?』



「デート中!邪魔しないでよ」



『何、お前男できたの?』



「え?言ってなかったっけ?」



『聞いてねぇよ、どこの男だよ?連れて来い』



無茶振りな言い方をする和弘に、もう酔っているんだな、と思う。



「あれから会ってないんだっけ?言ったような気してたけどな」



『あー、なんか里奈っちが言ってたような気もするわ』



「うん。多分言った。そういう里奈っちは?今日いないの?」



『そんないつもいつもいるわけじゃねぇよ』



相変わらず、たまに帰っては来るが、一緒には暮らしていないのだろう。



だとしたら今日は一人で暇しているということか。



『友則と飲んでたから、久しぶり奈津呼んでやろうかと思ったけど、デート中ならいいや』



「えっ、…あ、うん」



あんまりにも簡単に引き下がるので、拍子抜けした。



これまでの和弘だったら、そんな男置いて、こっち来いよ、とでも言いそうなものなのに。



『じゃあな』



「えっ、ちょ、それだけ?」



『なんだよ?』



「いや、別に…」



『じゃあな。今度は逃げられんなよ』



あ、っと言いそうになったところで、通話は一方的に切られた。



ツー、ツー、と電話が切れた機械音だけが鳴り響く。



「何だよ、なんか、もうちょっとあってもいいのに…」



私は、呟いた。



久しぶりに声を聞いたのだから、もう少し、話したかった。



だったら今度また会おうぜ、とか、そんな言葉でもあれば、もう少し救われたのに。



もう私には、興味ないということなのだろうか。



私がダメと分かったら、彼らはいったい誰に電話をかけるのだろう。



和弘と友則のことだ。



一緒に飲める楽しい相手を、きっと見つかるまで探し続けるのだろう。



「薄情者め」



ちぇっ、とばかりに私は右足で地面を蹴り上げた。



そこにはない石ころを転がすかのように。