そうして始まった、私と公ちゃんの付き合い。
夏に始まり、海にデートに出掛けた。
真夏を越えて、一泊旅行もした。
そして、朝晩が涼しい、初秋を迎えようとしていた。
彼は、付き合う前と同じように、マメに連絡をくれた。
その方が相手からの愛情が図れやすい私の気持ちは、落ち着いていた。
ずっとこんな日が続けばいいと思っていた。
彼は看護師。
必ず土日が休みというわけではないから、一日一緒にいられる日は、貴重だった。
今日は、土曜の夜。
今朝方まで夜勤だった彼と、昼で仕事を終えた私は、夕方街で落ち合った。
ご飯を食べて、どこかに泊まろうという計画だった。
一緒に食事をしていた最中、私のスマホが鳴った。
テーブルに伏せていたそれをひっくり返し、画面を確認して、手が止まった。
"和弘" とあったからだ。
「どうしたの?」
なかなか電話に出ようとしない私に、公ちゃんが聞いた。
「あ、ううん、何でも。ちょっと、電話」
そう断って、席を立った。
最近、なかなか電話なんかかけてこないくせに、どうしてこんな時に、と思う。
どうせ一人で寂しいか、友則と飲んでいて誰かいないか、と探しているだけだろう。
「もしもし?」
ちょっとイラつきを抑えきれない感情で、電話に出た。
こっちはデート中なんだよ、何だよ?とでも言いたい気分だ。
『お、奈津?久しぶりじゃん』
相変わらず意気揚々とした話し方。
どうしても、嫌いにはなれない。
別に切れたいわけじゃないのだ。
彼のことは好きなのだから、これからも友達として、緩く付き合っていきたい気持ちはあるのだ。
「何よ?どうしたの?」
『お前今何してんだよ?』
「デート中!邪魔しないでよ」
『何、お前男できたの?』
「え?言ってなかったっけ?」
『聞いてねぇよ、どこの男だよ?連れて来い』
無茶振りな言い方をする和弘に、もう酔っているんだな、と思う。
「あれから会ってないんだっけ?言ったような気してたけどな」
『あー、なんか里奈っちが言ってたような気もするわ』
「うん。多分言った。そういう里奈っちは?今日いないの?」
『そんないつもいつもいるわけじゃねぇよ』
相変わらず、たまに帰っては来るが、一緒には暮らしていないのだろう。
だとしたら今日は一人で暇しているということか。
『友則と飲んでたから、久しぶり奈津呼んでやろうかと思ったけど、デート中ならいいや』
「えっ、…あ、うん」
あんまりにも簡単に引き下がるので、拍子抜けした。
これまでの和弘だったら、そんな男置いて、こっち来いよ、とでも言いそうなものなのに。
『じゃあな』
「えっ、ちょ、それだけ?」
『なんだよ?』
「いや、別に…」
『じゃあな。今度は逃げられんなよ』
あ、っと言いそうになったところで、通話は一方的に切られた。
ツー、ツー、と電話が切れた機械音だけが鳴り響く。
「何だよ、なんか、もうちょっとあってもいいのに…」
私は、呟いた。
久しぶりに声を聞いたのだから、もう少し、話したかった。
だったら今度また会おうぜ、とか、そんな言葉でもあれば、もう少し救われたのに。
もう私には、興味ないということなのだろうか。
私がダメと分かったら、彼らはいったい誰に電話をかけるのだろう。
和弘と友則のことだ。
一緒に飲める楽しい相手を、きっと見つかるまで探し続けるのだろう。
「薄情者め」
ちぇっ、とばかりに私は右足で地面を蹴り上げた。
そこにはない石ころを転がすかのように。