一時間ほどすると、だいたいイメージは固まってきた、という愁くんと一緒に店を出た。
「栞さん、ありがとう。
明日にでも花、見に行ってみるよ」
店にいる間に、小さい個人経営の花屋だけではなくて、大規模な、花の流通センターのことなども一緒に調べていた。
明日はそこに出向くという。
「うん」
少しでも役に立てたことが嬉しくて、にこりと笑う。
「家、どっち?送るよ」
「え、いいよ、そんなの、」
「いいよ、送る。もうすぐ日も暮れそうだから」
「…ありがとう」
きっと断っても、彼の優しい性格からすると、女性を一人で帰らせるなんてそんなこと出来ない、なんて言うんだろう。
だから素直にお礼を言った。
午後六時半、夕日が傾き始めていた。
ここは、都心からは少し外れて、大きな川が流れる、のどかな地域だ。
土手が高く作られた河川敷を、愁くんと二人並んで歩く。
知り合ってまだ二回目。
一緒にいても違和感を感じない、とても落ち着く、不思議な空間だ。
それは彼が醸し出す、とても穏やかな空気がそうさせるのだろうか。
「ごめんね、連絡出来なくて」
唐突に愁くんが言った。
「えっ、何?」
「連絡するって言ったのに、出来なくて…」
連絡先を交換した時のことを言っているのだろう。
あの日確かに愁くんは「連絡するね」と言った。
私も、本当はずっと待っていた。
「ううん、そんなの、全然、」
きっと仕事が忙しかったとか、言い訳はたくさんある。
本当は連絡なんてする気もない、社交辞令だったのかもしれない。
「…気にしてないよ、」
だからそう言った。
これは大人のマナーだ。
気にしてても、気にしてるなんて言わないし、本当は待ってたなんて、そんな図々しいことも言わない。
「そっか…」
ぽつりと愁くんは言った。
夕日側に歩く愁くんが、少し赤みを帯びている。
「気にされてないのも、悲しいな…」
また、ぽつりと言う。
「え?」
だから、そう聞き返した。
「本当は、ずっと、かけようかけようって、思ってたんだ」
思いもよらない言葉が返ってきて、思わず愁くんを見上げる。
だけど西側にある太陽を彼は見ていて、斜めからの横顔しか見えない。
「でも、電話して、出なかったらどうしようとか、何話したらいいんだろうとか、迷惑がられたらどうしようとか考えてたら、全然、かけれなくなっちゃって…」
彼の声が、弱々しく、小さく聞こえる。
「情けないよね、こんなの、中学生かよ、って」
「ふふ、」
嬉しい。
本当は、愁くんも気にかけてくれてた。
この一週間、私のことを考えてくれていた。
ううん、そうじゃなくても、今こうして、そう言ってくれてるだけでも嬉しい。
だってそれは、私を気遣ってくれてのことだろうから。
愁くんの中に、私の存在が確かにいて、それが根付いているということだから。
「引いた?」
愁くんがこちらを見る。
「ううん、全然」
少しだけ赤みを帯びた瞳で。
「嬉しいよ」
本音だ。
この人といると、素直になれる。
ふわりと、心の奥から本音が漏れてしまう。
「ふふ、よかった」
笑った彼の背中が、少しずつ夜の静寂を映していく。
どうやら本格的に日が沈み始めたようだ。
彼の顔も、優しく静かに映る。
同じように微笑み返すと、私たちはまた前を向いて歩きだした。