旅の2日目は浜松で1泊し、夜は浜松餃子を堪能しました。
旅の3日目はホテルでモーニングを食べた後チェックアウトし、ホテルに荷物を預かってもらい出掛けました。
浜松駅から奥山行きのバスに乗ったんですが、浜松駅から出るバス路線の数は多く複雑で、慣れていないと難しそうでした。
目的地までは70分ちょっと掛かるバスだったんですが、市内中心部ではずっと大渋滞で、その後も道の混雑は解消していたものの、各バス停で降りる人や乗る人が結構いて、最終的に20分ちょっと遅れて
まだかまだかと焦ったし、イライラしました~
結局1時間半掛かり降りたのは神宮寺バス停。
途中からおトイレに行きたくてしょうがなかったのですが、バス停すぐのところにセブンイレブンがあったので助かりました
セブンイレブンでちょっと一息つき、向かったのは井伊谷(いいのや)城跡。
大河ドラマ「おんな城主直虎」の主人公井伊直虎が城主だったお城跡で、大河ドラマでは直虎を柴咲コウさんが演じていましたね。
大河ドラマの開始前に、直虎は実は男だったという証拠が見つかったりして水を差しましたが、私はその辺はどちらでもいいのではと思っています。
そして私は女性だったらいいな~って今も思っています
頂上まで310m、登ります
井伊谷城は、遠江国(現:静岡県西部)の国人領主だった井伊家の居城でした。
平安期のころからこの地を拠点としていた井伊氏ですが、南北朝時代に当地に来た後醍醐天皇の皇子である宗良親王を迎えたという記録もあるそうです。
父直盛に男子がおらず、直盛の従兄弟にあたる直親を婿養子に迎える予定でしたが、相次いで死亡。井伊家の菩提寺龍潭寺(りょうたんじ)住職の南渓瑞聞により虎松(のちの直政)は鳳来寺に移され、虎松が成長して城主になるまで直虎が城主となりました。
御所の丸
1337年に宗良親王が井伊谷を訪れた際、この場所に御所の丸を造り迎え入れたそうです。
井伊谷城
静岡県浜松市北区引佐町井伊谷
JR東海道本線浜松駅からバス
天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線金指駅から徒歩50分
別名:井伊城
築城主:井伊共保?
築城開始・完了年:寛弘7(1010)年
廃城年:?
お城はあっさり見学し終わり、帰りのバスまで時間があったので、見どころを観光しました。
まず行ったのは井伊谷宮。
明治5(1872)年創建で、宗良親王を祀っているそうです。
鯉のぼりが泳いでいました🎏
この辺りでもマンホール蓋を撮影しました。
左は旧引佐町(いなさちょう)のマンホール蓋で、町の花の渋川ツツジと天然記念物のギフチョウが1匹デザインされていました。
右は浜松市ので、中央に市章、周囲に波やビルや山などを幾何学模様でデザインされていました。
なんか目が周りそうなデザイン(笑)
なんか目が周りそうなデザイン(笑)
他にこの地らしいマンホール蓋も撮影したのですが、浜松駅に戻った時にも撮影したので、そちらの記事でアップします。
ちなみに浜松駅経戻る時のバスも20分近く遅れました。
これがデフォルトなのかなあ・・・
この日はこの後豊橋へ、また記事にします。
昨日からGWですね、全体的にお天気がイマイチっぽい感じですがね。
昨日はパートお休みだったんですが、昨日からメニューがまたかなり変わるそうで、レジでのメニュー更新を確認しに朝7時過ぎに店舗へ行きました。
それを前夜にグループLINEで伝達・・・まあLINEしてきた社員の子も急に連絡を受け、メニューはちゃんとしたのが送られてくるまでプリンターで印刷し、メニュー表の差し替えを23時過ぎまで掛かってアルバイトリーダーさんとやったそうで、本当に気の毒。
それが一昨日の夜だったんですが、アルバイトリーダーさんは体調悪くて昼間早く上がり、夜私だけのホールだと可哀そうと出てきてくれた日だったんですよね。
なのにその前夜23時まで私がなったのもあり先に帰してくれていて、メニュー差し替えで23時に
昨日の朝は開店と同時に10以上のお客が入店し、その後も本当にどうなっているのと言うくらい次々に。
あっという間に満席に近い状態だったのでは?
私は後から来た主人とモーニングを食べて退散したのですが、日中は社長も来て、その対策のために他店舗の社員さんがヘルプで来てくれたそうで、アルバイト達はやりにくかったみたいで
それが今日も又来るそうで、そんなことある?
そのためお休みだったアルバイトリーダーさんが急遽22時間半出勤してくれることに。
私は今日はお昼までなのでなんとか無事終わるといいな。