長宗我部氏の居城岡豊城跡(2016.12.24)♪ | オレンジの普通でHappyLife♪

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2015年7月に主人の転勤で大阪へ。
その後は埼玉(東京勤務)→金沢→埼玉(東京勤務)→金沢→大阪と毎年引っ越し転勤生活。
いつまで住めるかわからないので、後悔なく転勤先を楽しみたいです♪

去年12月23~26日まで3泊4日で四国に行ってきました。

 

旅の2日目。

高知城を見学した後は、ゆるキャラと触れ合い、高知駅からバスに乗って主人が行きたかったところへ向かいました。

 

高知駅からとさでんバスで約40分、バスに飽きてきたところでやっと到着。。。

学校分岐(歴民館入口)バス停から歩いて15分弱。

それなりな坂道を登り到着したのは、高知県立歴史民俗資料館。

こちらは入館最終時間の30分前だったので入りませんでしたが、資料館上の山にある岡豊(おこう)城を攻城しました。

山城だとはきいていましたが、ここまでに結構な坂道。

ここからお城になります、更に登るぞ~

 

整備されていて歩きやすくはなっています。

 

見晴らしがいい場所から・・・かなり高台に来たのがわかりますよね!!

高知駅からバスで40分も来ると、かなりの田舎ですね~

 

登ったり下ったりを繰り返します。

 

岡豊城は四国の覇者・長宗我部氏の居城でした。

長宗我部国親は岡豊城を足掛かりに土佐の有力大名へと成長したそうです。

その後、国親の子・元親が1591年(天正19年)にあらたに浦戸城を築いて移ったため、廃城となりました。

現在は石垣、曲輪、土塁、空堀、井戸などが残っていて国の史跡として整備されており、また、かつて曲輪があった場所には県立歴史民俗資料館が建っています。

 

礎石(そせき)建物跡

 

 

 

歴史を感じる石垣、これはかなり古いですね~

 

土塁も残っていました

どうやって作ったのかなあとか当時の様子を想像すると、感動しますねキラキラ

 

 

そろそろ戻ろうと下っていると、「ここって獣道じゃないの?」って言う道に遭遇もやもや

写真では伝わらないと思いますが、かなりの急坂で下るのがきつい。

 

この急坂は竪堀(たてぼり)と言うもので、当時のものの様です。

現在歩く場所では無かった(笑)

 

資料館に勇ましい銅像が。

工事中で入れない場所の様なので、後姿をカメラ

 

諦めきれない主人、ギリギリのところまで行き、ズームで撮影・・・長宗我部元親像でした。

長宗我部元親は、NHKBS熱中夜話の戦国武将の回で行われた「大河ドラマで主役をやってほしい戦国武将」と題したアンケートで第1位に選ばれたそうです。

 

真田丸に出ていた長宗我部盛親は、元親の四男だそうです。

 

高知駅まで戻るバスの時間までちょっとあるので、ゆっくりバス停まで戻りました。

途中、土佐の山村民家がありました。

四万十川の源流部で愛媛県と境を接する東津野村から解体移築されたものだそうです。

 

高知県立歴史民俗資料館

〒783-0044 高知県南国市岡豊町八幡1099-1

 

この後バスで高知市内に戻りましたが、路線図を観ていたら、高知駅を通りすぎて2バス停先だったかが宿泊先ホテル近くのバス停だとわかりました。

なので、そのままバスでホテル近くのバス停まで向かいましたが、さらにその数バス停先がはりまや橋だとわかりました。

と言うことは岡豊城に向かう時、はりまや橋でバスに乗っていたらバスの時間に間に合ったかも知れなかった・・・

まあ、ゆるキャラに会ったからいいですがね~

 

この後はホテルにチェックインし、予約していた居酒屋さんで夕食にしましたナイフとフォーク

また記事にいたします。