「自立できてないのかな」という心配は
わたしの中の声だった
〜「安心する」の世界を知る魂のレッスン〜

娘とお出かけをした日。
うちの娘は
「やりたい」「食べたい」がとても明確。
けれど
「じゃあ食べたいの買っておいで」と
言うと──
「お母さんも一緒に来て」と言うのです。
お友達を誘う時も同じ。
来てもらえるか分からなくても
嬉しそうにお部屋を掃除して
小さな手で沢山準備をする。
でも
いざ誘う瞬間になると
「お母さんも一緒に聞いて」と言い出す。
そんな姿を見ていると
どうしても私の中の「母」が
ざわついてしまう。
「自分で言えないなんて…」
「これじゃ未来で困る」
「頼りない子に見られたらどうしよう」
結局イライラして
私が先回りしたり
〜「安心する」の世界を知る魂のレッスン〜

娘とお出かけをした日。
うちの娘は
「やりたい」「食べたい」がとても明確。
けれど
「じゃあ食べたいの買っておいで」と
言うと──
「お母さんも一緒に来て」と言うのです。
お友達を誘う時も同じ。
来てもらえるか分からなくても
嬉しそうにお部屋を掃除して
小さな手で沢山準備をする。
でも
いざ誘う瞬間になると
「お母さんも一緒に聞いて」と言い出す。
そんな姿を見ていると
どうしても私の中の「母」が
ざわついてしまう。
「自分で言えないなんて…」
「これじゃ未来で困る」
「頼りない子に見られたらどうしよう」
結局イライラして
私が先回りしたり
かぶせ気味に
代わりに声をかけてしまう。
でもね
ふとした瞬間に
深いところから声が響いてきました。
──「それ、本当に【ダメ】なこと?」
その問いが胸の奥に落ちていった時
世界が少し静かになった気がしました。
「親と一緒じゃダメ」
「一人でできなきゃいけない」
「助けを求めるのは弱さ」
そうやって思ってきたのは
社会や常識の中で
「ちゃんと」生きようとしてきた
「わたし」の古い記憶だったのかも
しれないと思いました。
思い返せば娘は
誰かが困っているとすぐに動く。
頼まれ事も、ニコニコやる。
頼ることができるから
応えることもできるのかもしれない。
そんな風に思いました。
娘は、「確かな安心」の中で
世界と繋がっていただけでした。
娘との出来事は、私の中の
「ひとりで頑張らなければ」という
古いプログラムを
やさしく解除してくれました。
私の内側で何かが
静かに溶けていきました。
娘の姿は変わっていないのに
見える世界がやわらかく光り出しました。
何かに引っ掛かる時
実はその相手や出来事は
自分の中を映しています。
だからこそ
その映し出す瞬間に気づいたら──
「ありがとう」と
心でつぶやいてみてください。
その言葉が
目に見えない世界の流れを
ふわりと変えていきます。
気づくこと──
そこから
世界は大きく変わっていきます。
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