満開の桜の花を見上げた時、わずかにこぼれる光に目を細めた
時折吹いてくる風が細くしなる枝を揺するたびに、薄紅色の小さな花びらがひらひらと舞う
今年は何人集まるかな…
毎年恒例の花見のことを考えながらベンチに座ってぼんやりしてると勧めてもいないのに、潤が俺の横にどっかり腰を下ろした
「独りで花見してもつまんないでしょうよ」
コンビニの袋をガサガサ言わせて取り出した缶ビールを俺に差し出す
「飲むの?まだお昼だよ?」
呆れながら差し出された缶ビールを受け取る
「休みなんだからさ。堅いこと言いっこなしだよ、小沢さん」
リングプルに引っ掛けた指をくいっと引きながら口を尖らせる
俺も潤に貰ったビールをあけた
プシュッと鳴ると同時にビールが勢いよく噴き出して慌てて口をつける
「なんだよ、お前振ってきたろ?これ」
代々木公園の桜を見事に散らせてしまいそうな甲高い笑い声がビシビシ響く
遠くの方で公園のど真ん中を横切ろうとしたネコがピタッと足を止めて用心深く辺りを見まわした
まさか数メートル離れて俺の横に座ってる奴が震源地だなんて想像もつかないに決まってる
「悪魔だな。お前、ホントに悪魔だな」
ぐびっと喉をならしてビールを流し込む
なんだか前にも今みたいなシチュエーションが無かったっけ…
その時桜は咲いてたかな
「なんかさ、こうして小沢さんと飲むの久しぶりだよね」
「二人でって珍しいよね。俺ら随分長いこと一緒にいるのに」
「10年かあ…」
金も無かった
仕事も無かった
でも不思議と辛くはなかった気がする
毎日がその日暮しでも楽しいことの方がたくさんあった。まあ、潤の方はお金が無くて苦い経験もあったようだけど
「小沢さん」
一本めのビールを飲み干して潤が真顔で呟いた
「俺、漫才やりたいわ」
あの時もそう言って、俺たちは歩き始めた
季節はまだ冬の始まり
ようやく陽の当たる場所にたどり着いて、漫才以外の色んな仕事もやらせてもらって
そして知らず知らずのうちに俺と潤の居場所は、少しずつ離れていった