アザラシ
先日 親友A と半年ぶりに逢って飲んだんだ。
って、最近そんな“久しぶり”な奴ばっかりなんだけど…
彼は “とある離島”でホテルを経営していている若き実業家。
日頃、ダイバーやら釣り人を相手にしていて なかなか忙しい男になっているんだよね。
彼と知り合ったの15才の高校生の頃だから随分たつ。
入学式で彼を初めて見たときの “スタイル”は金髪で太くて長い学制服を着用した“立派”な不良少年だった。
で、そんな彼とは全く正反対なスポーツマンで可愛らしい“ウブ”なオレとが毎日一緒にいる仲になるきっかけになったのは…
やはり伝説の男“P氏”のある意味 おかげだろう。
彼の逸話はたくさんありすぎるので その内に紹介しよう。彼との“エピソード”を持ってさい いれば“すべらない話”に登場する芸人に対抗することも可能なほどの“ネタ”があるんだよ。まぁ、オレの話術が完璧ならばだけどね(苦笑)。
ちなみにオレは“千原ジュニア”が好きだ。念のため。
で、A君との話に戻ろう。
彼は自分の“島”の発展に力をいれており時折、営業活動で“本国”にやってくるんだよ、大きなカパンにパソコンをいれて(苦笑)。必要か?
まぁ、とても昔からは想像できないほど立派な実業家になったもんだ。
オレは完全に足元を見失っているってのに…
そんな彼と夜中から逢って飲み始めたんだ。
まぁ、オレの都合なんだけど、そんな付き合いが出来るのも、もはや彼だけかな。
で、なぜだか“カラオケBOX”なんてのに男二人で行くなんて、おそらく最初で最後だろうね(笑)。
朝方になり“温泉”好きの彼が行きたがる“スパ”とやらに行ったんだ。。
まさに“朝風呂”。
入ってビックリ!だよ(汗)
ロッカーからすでに、空いてる場所には人が寝ている。みんな“隙間”を探して 至る所にパズルのピースのごとく…寝ている(苦笑)。
おそらく終電を逃したサラリーマンの連中が休んでるんだろうけど始発まで…オレには異様に見えたよ。
みんな、“チンポ”丸出しでイビキをかいてる人や、隣の人と手を繋いで“息子”を大きくしてる人。
多種多様だったよ(汗)。
ここは何処?
オレは“アザラシ”の群れにまぎれこんだ漁師のようだった。
その後、オレらはマッサージをうけ、うかつにも熟睡した。
時間になり外にでて、企業戦士と逆を歩くオレ達。
「また、やっちまった!」と心で思ったよ(笑)。
たまには、いいでしょ?
って、最近そんな“久しぶり”な奴ばっかりなんだけど…
彼は “とある離島”でホテルを経営していている若き実業家。
日頃、ダイバーやら釣り人を相手にしていて なかなか忙しい男になっているんだよね。
彼と知り合ったの15才の高校生の頃だから随分たつ。
入学式で彼を初めて見たときの “スタイル”は金髪で太くて長い学制服を着用した“立派”な不良少年だった。
で、そんな彼とは全く正反対なスポーツマンで可愛らしい“ウブ”なオレとが毎日一緒にいる仲になるきっかけになったのは…
やはり伝説の男“P氏”のある意味 おかげだろう。
彼の逸話はたくさんありすぎるので その内に紹介しよう。彼との“エピソード”を持ってさい いれば“すべらない話”に登場する芸人に対抗することも可能なほどの“ネタ”があるんだよ。まぁ、オレの話術が完璧ならばだけどね(苦笑)。
ちなみにオレは“千原ジュニア”が好きだ。念のため。
で、A君との話に戻ろう。
彼は自分の“島”の発展に力をいれており時折、営業活動で“本国”にやってくるんだよ、大きなカパンにパソコンをいれて(苦笑)。必要か?
まぁ、とても昔からは想像できないほど立派な実業家になったもんだ。
オレは完全に足元を見失っているってのに…
そんな彼と夜中から逢って飲み始めたんだ。
まぁ、オレの都合なんだけど、そんな付き合いが出来るのも、もはや彼だけかな。
で、なぜだか“カラオケBOX”なんてのに男二人で行くなんて、おそらく最初で最後だろうね(笑)。
朝方になり“温泉”好きの彼が行きたがる“スパ”とやらに行ったんだ。。
まさに“朝風呂”。
入ってビックリ!だよ(汗)
ロッカーからすでに、空いてる場所には人が寝ている。みんな“隙間”を探して 至る所にパズルのピースのごとく…寝ている(苦笑)。
おそらく終電を逃したサラリーマンの連中が休んでるんだろうけど始発まで…オレには異様に見えたよ。
みんな、“チンポ”丸出しでイビキをかいてる人や、隣の人と手を繋いで“息子”を大きくしてる人。
多種多様だったよ(汗)。
ここは何処?
オレは“アザラシ”の群れにまぎれこんだ漁師のようだった。
その後、オレらはマッサージをうけ、うかつにも熟睡した。
時間になり外にでて、企業戦士と逆を歩くオレ達。
「また、やっちまった!」と心で思ったよ(笑)。
たまには、いいでしょ?
INFO FREAKO
前前回書いた友人N君との再会から二日後に、これまた11年ぶりになる大阪の友人A君とも再会したんだ。
当時を振り替えると夜のバイト生活は辞めていて、昼間の仕事 親父の仕事をやリ初めていた。
バンドの方はいくつ目か忘れたけど初めて同い年の奴らと、ほぼ同じ音楽の趣向だったんで勝負を賭けていたんだよねオレは。ヴォーカルが定まろず、スタートは少しばたついたけど動き初めて何年目かだった。
今でもはっきり覚えているんだけど、突然オレは辞めたくなったんだよ。
なぜか?
当時80年代末から始まった“ロック”の新しいスタイルにオレは完全にやられていたんだ。
ハウス・ミュージックの登場で“ハウス・ミュージック”や“ヒップ・ホップ”の手法を取り得た新しい「ロックン・ロール 」ってやつをやりたくてしかたがなかったんだよね(苦笑)。
挙げ句にこの日本でも、その後“ミクスチャー“なる色々な“音”を取り得たバンドがたくさん出始めたと同時に焦りを感じていた。
その手の“音”のファンでもあるから以前一緒にやってたバンドの奴と色んなバンドを見に行ってた。
“ロック”とは新しくなければと考えていたんで、たとえば今テレビにでてる“自称ロックン・ローラー”なんてのはダサくて滑稽。
あくまでも“カウンター・カルチャー”でなければと。
「いつまでも70年代のパンクを下敷きにしてるのはダサい!」なんて、オレはメンバーに呪文のように言いつづけ リハのたびに持ってくるオレの新曲は他とは全く合わないリズム重視の“その手”の物ばかり(苦笑)。
かなり無理があったね…
バンドは当時レコーディングしたばかりの2曲に自信があったから方向転換は難しかった。自分で言うのもだけど今聴いてもかなり良い出来で、この曲達は素晴らしいと本気で思うよ、自画自賛だ(笑)。
だけど、レコーディング・マジックに取り付かれたオレは新しいバンドの構想を練り脱退をメンバーに言ったんだ。だけど某有名ライブ・ハウス(なかなか夜の部に出してくれない店)の新人担当の人が、なぜかオレらのバンドを気に入ってくれてて出演が決まっていた某ホール(キャパ2000人ぐらい)でのイベントとよくやっていたライブハウス との2本まではオレがやることで納得。
そこからの“温度差”は凄かった。3対1で向こうは新しいベースを探しつつ“裏切り物”って感じでオレと一線引くし、オレは新しいメンバーを求めて色んな奴と逢っていた。
今考えると、あのまま続けていたら…もしや?なんてのも実は考えたりもするんだ。
しかし、かなり“ワガママ”だったと思うよ(苦笑)。
で、そんな頃仕事の方は全然ダメ(金銭的に)で親父はとある所からきた話に乗ろうとしていた。京都駅ビルのリニュアールってもの。破格のプライスで最後のまとめに行くような感じ。
「お前、どうする?」たしか そんな感じだった。
オレはまだやりかけの仕事があったから とりあえず「考える」と言った。向こうでは人出がたらず工期に間に合うかどうかの瀬戸際みたいだったからオレでも必要だったんだろう
いきなり出張?京都?マジかよ~。色々考えた挙げ句、行くことにした。
仕事を辞める選択もあったけど、新しいバンド活動も実は上手くいかずせっかく覚えた仕事を辞めるのもどうかと…。
当時の彼女と結婚も意識してたし、音楽も引退かと考えていたから“修業”と“話のネタ”ってことで京都行きを決めた。で、約7ケ月、長かった。
当初は新大阪に一週間ホテル暮し。
朝も早かったし、帰りも遅い。で、近くの小料理屋みたいな所で食事を兼ねて一杯の毎日。ひどく淋しくて泣きそうだった。同じ日本なのに言葉が全然違う。仕事場・通勤中 異国の人に見えたよ全員、オーバーか?(苦笑)。
たまに“標準語”が耳に入ると誰でも話かけたくなったよ、マジで。
それから1週間ぐらいしてから京都にアパートを借りての生活が始まった。
A君との最初の思い出は“若手”だけの飲み会でのこと。仕事上の話ししかしてなかったから色々と質問やらなんやらしてみたんだ。そのうち「東京の人間はあまり好きではない」なんて言うから言葉を失ったね。それが彼の第一印象だったんだけど“過酷”な仕事場ではそんなことを一々気にはしてられない。
毎日、朝早くから遅くまでどちらかと言うと誤ることが多かった。
完全に遅れていたのと業者のレベルの低さ。
終わりは全く見えなかったよ。そんな毎日で“若手”のオレ達は自然と仲良くなったと言うか、なるしかなかった。東京と大阪の違いやお互いの彼女のこと。たしか彼の彼女が“宗教”にハマって困ってるなんて話もあったな、たしか(笑)。
そんな彼が、ある休みの日に大阪を案内してくれたり淋しがってるオレのために彼女や彼女の友人達の飲み会なんてのも誘ってもらったりしたのも思い出した。たしか三次会ぐらいの店で“ウエスタン風”のバーでベロベロになったのを覚えてる(笑)。
挙げ句、帰京の前日に 開いてくれた送別会では京都で飲んでたはずなのに、朝目が覚めたら大阪の彼の実家だった(笑)。
喉が乾いて目が覚めたんだけど、まさに「ここは、何処?」って感じで、前の晩の途中から記憶がまるでない(苦笑)
「よほど帰れるのが嬉しかったんですね!(関西弁で)」なんて言われるほどオレは騒いでいたらしい。
彼に大阪駅まで車で送ってもらったんだけど、途中スピード違反で捕まり その時の警官とのやりとりが凄まじかった(言葉が)のを記憶してる。
そんな彼との再開は格別だったよ。細くて弱そうだった彼はたくましくなってたし、三年前に正社員になり今回、数年ごしのデカイ仕事終わらせ、表彰されるということで こっちに来てた。
なかなか逢えないし今度は又10年後かも知れないけど たぶん彼は元気にやってくだろう。
遠くに、かけがえのない奴がいるってのも悪くない。
今度はオレが出向こう!
当時を振り替えると夜のバイト生活は辞めていて、昼間の仕事 親父の仕事をやリ初めていた。
バンドの方はいくつ目か忘れたけど初めて同い年の奴らと、ほぼ同じ音楽の趣向だったんで勝負を賭けていたんだよねオレは。ヴォーカルが定まろず、スタートは少しばたついたけど動き初めて何年目かだった。
今でもはっきり覚えているんだけど、突然オレは辞めたくなったんだよ。
なぜか?
当時80年代末から始まった“ロック”の新しいスタイルにオレは完全にやられていたんだ。
ハウス・ミュージックの登場で“ハウス・ミュージック”や“ヒップ・ホップ”の手法を取り得た新しい「ロックン・ロール 」ってやつをやりたくてしかたがなかったんだよね(苦笑)。
挙げ句にこの日本でも、その後“ミクスチャー“なる色々な“音”を取り得たバンドがたくさん出始めたと同時に焦りを感じていた。
その手の“音”のファンでもあるから以前一緒にやってたバンドの奴と色んなバンドを見に行ってた。
“ロック”とは新しくなければと考えていたんで、たとえば今テレビにでてる“自称ロックン・ローラー”なんてのはダサくて滑稽。
あくまでも“カウンター・カルチャー”でなければと。
「いつまでも70年代のパンクを下敷きにしてるのはダサい!」なんて、オレはメンバーに呪文のように言いつづけ リハのたびに持ってくるオレの新曲は他とは全く合わないリズム重視の“その手”の物ばかり(苦笑)。
かなり無理があったね…
バンドは当時レコーディングしたばかりの2曲に自信があったから方向転換は難しかった。自分で言うのもだけど今聴いてもかなり良い出来で、この曲達は素晴らしいと本気で思うよ、自画自賛だ(笑)。
だけど、レコーディング・マジックに取り付かれたオレは新しいバンドの構想を練り脱退をメンバーに言ったんだ。だけど某有名ライブ・ハウス(なかなか夜の部に出してくれない店)の新人担当の人が、なぜかオレらのバンドを気に入ってくれてて出演が決まっていた某ホール(キャパ2000人ぐらい)でのイベントとよくやっていたライブハウス との2本まではオレがやることで納得。
そこからの“温度差”は凄かった。3対1で向こうは新しいベースを探しつつ“裏切り物”って感じでオレと一線引くし、オレは新しいメンバーを求めて色んな奴と逢っていた。
今考えると、あのまま続けていたら…もしや?なんてのも実は考えたりもするんだ。
しかし、かなり“ワガママ”だったと思うよ(苦笑)。
で、そんな頃仕事の方は全然ダメ(金銭的に)で親父はとある所からきた話に乗ろうとしていた。京都駅ビルのリニュアールってもの。破格のプライスで最後のまとめに行くような感じ。
「お前、どうする?」たしか そんな感じだった。
オレはまだやりかけの仕事があったから とりあえず「考える」と言った。向こうでは人出がたらず工期に間に合うかどうかの瀬戸際みたいだったからオレでも必要だったんだろう
いきなり出張?京都?マジかよ~。色々考えた挙げ句、行くことにした。
仕事を辞める選択もあったけど、新しいバンド活動も実は上手くいかずせっかく覚えた仕事を辞めるのもどうかと…。
当時の彼女と結婚も意識してたし、音楽も引退かと考えていたから“修業”と“話のネタ”ってことで京都行きを決めた。で、約7ケ月、長かった。
当初は新大阪に一週間ホテル暮し。
朝も早かったし、帰りも遅い。で、近くの小料理屋みたいな所で食事を兼ねて一杯の毎日。ひどく淋しくて泣きそうだった。同じ日本なのに言葉が全然違う。仕事場・通勤中 異国の人に見えたよ全員、オーバーか?(苦笑)。
たまに“標準語”が耳に入ると誰でも話かけたくなったよ、マジで。
それから1週間ぐらいしてから京都にアパートを借りての生活が始まった。
A君との最初の思い出は“若手”だけの飲み会でのこと。仕事上の話ししかしてなかったから色々と質問やらなんやらしてみたんだ。そのうち「東京の人間はあまり好きではない」なんて言うから言葉を失ったね。それが彼の第一印象だったんだけど“過酷”な仕事場ではそんなことを一々気にはしてられない。
毎日、朝早くから遅くまでどちらかと言うと誤ることが多かった。
完全に遅れていたのと業者のレベルの低さ。
終わりは全く見えなかったよ。そんな毎日で“若手”のオレ達は自然と仲良くなったと言うか、なるしかなかった。東京と大阪の違いやお互いの彼女のこと。たしか彼の彼女が“宗教”にハマって困ってるなんて話もあったな、たしか(笑)。
そんな彼が、ある休みの日に大阪を案内してくれたり淋しがってるオレのために彼女や彼女の友人達の飲み会なんてのも誘ってもらったりしたのも思い出した。たしか三次会ぐらいの店で“ウエスタン風”のバーでベロベロになったのを覚えてる(笑)。
挙げ句、帰京の前日に 開いてくれた送別会では京都で飲んでたはずなのに、朝目が覚めたら大阪の彼の実家だった(笑)。
喉が乾いて目が覚めたんだけど、まさに「ここは、何処?」って感じで、前の晩の途中から記憶がまるでない(苦笑)
「よほど帰れるのが嬉しかったんですね!(関西弁で)」なんて言われるほどオレは騒いでいたらしい。
彼に大阪駅まで車で送ってもらったんだけど、途中スピード違反で捕まり その時の警官とのやりとりが凄まじかった(言葉が)のを記憶してる。
そんな彼との再開は格別だったよ。細くて弱そうだった彼はたくましくなってたし、三年前に正社員になり今回、数年ごしのデカイ仕事終わらせ、表彰されるということで こっちに来てた。
なかなか逢えないし今度は又10年後かも知れないけど たぶん彼は元気にやってくだろう。
遠くに、かけがえのない奴がいるってのも悪くない。
今度はオレが出向こう!
IN THE FLAT FIELD
うかつにも、見落としてたんだ。23年ぶりにあの「BAUHAUSU」が復活しアルバムをリリースしてた。
知ってる?
イギリスのバンドで黒服でルックスの良い四人組。簡単に言うと(笑)。
なんせ、ヴォーカルのピーターはルックスが良いだけで採用されたんだよ。で、だんだん開花してくんだ寝ってた才能ってやつが。
バンド名の由来は20世紀前半のドイツに数十年だけ存在した由緒ある総合芸術学校からとっていて、アートフルなジャケットに思想やらなんやらで“ゴシックの帝王”“デカダンス”なんて言われてたんだよ。
彼らは“拒否”していたけどねそのカテゴライスを。
当たり前だよ、おそらく当時のイギリスのキッズはオリジナル・パンクがマグマのように一瞬で噴火し、終わりをつげ次に向かって模索する中、プレスの勝手な呼び名は作り手には失礼だよな。
しかし数十年後の現在この日本だけではなくアジアで“ゴス”のファッションが流行るんだからこれまた不思議だ。
日本のバンド“BOOWY”や“BUCK-TICK”なんてのはかなり影響を受けてただろうね。「音」より「ファツション」だけど(苦笑)。
生のダンス・ピートにサイケデリアなギター。そしてホラーかつシアトリカルな歌。オリジナルのアルバムリリースは1980年。
今回のお薦め曲は彼らの1stアルバムからタイトル曲「IN THE FLAT FIELD」。その手の世界にドップリ行きたいならお薦め!
たしか高校生の頃、学校の帰りに渋谷から原宿に向かう途中に同じ名前の海外の家具を扱う店が合ったんだけど、まだあるのだろうか?何となく印象的な店だったから憶えてるんだよ。まぁ、これは余談だけど(笑)。
遥か昔の18才の頃、なんとか高校の卒業がきまりアルバイトを探してたんだ。
で、友人が働くバイト先でオレも働くことになった。一応、皿洗いからだったんだけどいつのまにかホールにでることになった。
そこからオレの、いわゆる“水商売”生活が始まるんだよ。
夜バイトして当時組んでたバンドのリハが夜中から朝までで、全く逆の生活。 だから当時行ってた専門学校(2年制)も休みがちというか、行けてもせいぜい昼から。だもんだから、卒業なんて出来ないよなぁ~。それでもギリギリ「就職活動」の時期までいて話があるなか「出席日数がたりないから、もう一年…」なんて先生に言われても…。どうせなら早めに行ってくれって。
本気で“自由”になってバイト生活とバンドにまっしぐらの中、
週に1~2回現われるN君。最初は「何コイツ?」ってのが感想だったんだよ(失礼!N君)。
で、今回は数年ぶりに再開した友人の話。
N君の話は店のママから聞いていた「九州男児」「イケメン」(当時はそんな呼び方なかったけど)「早稲田大学」まぁ、そんなところかなぁ、彼の“ワード”は。
まるで接点はないんだけどオレを誘った友人、挙句に店長までが次々と問題(金・女関係)をおこしクビになる中、彼に話かけ知らぬ間に仲良くなった。
彼は二つ年上でオレのイメージする“九州男児”を覆す男で、どちらかと言うと“なよなよ”してるわりに頑固なところがあり人の話を聞くのが上手い心優しい奴だ。そんな彼とはたまに連絡は取ってはいたけど、なかなか逢えずにいて先先週に13年ぶりぐらいに再開したよ。場所は彼と初めて出会ったバイト先の近く、都内繁華街某所。久しぶりに逢う彼は昔と全く変わってなく、相変わらずの好青年(中年か)ぶり。某有名雑誌社の編集でデスク。
経済なんてのを扱う雑誌らしいから随分かたいね。
今宵選択した店は某“ろばた焼き”の店で、古き友人との話はアルコールが手伝ってか楽しかったよ本当に。最近は仕事の連中とばかり飲んでいたから、同じ話ばかりで退屈だったから。
途中Y君も参加したんだけど彼とも今年初だったんで盛り上がったよ、たぶん(苦笑)。
と、言うのはオレ かなり酔っ払ってしまい…記憶はあるが一人楽しんでしまったような(汗)。
“サプライズ”とでも言うのか?店で“落語”が突然始まったんだよ!古典落語が。数回来たことあるんだけど、そういう店だとは知らなかった。おそらく宣伝をかねてか“若手”か解らないけど二回公演で最後にビラを配ってた。落語の知識が全くないオレにとっての感想は“酔客相手”には少々、難があったようなきがしたね。目の前の“ベロベロ”に酔った女性客の“ツッコミ”の方が数倍楽しかったから(笑)。
N君との出会いはオレにとって大きかった。
彼は“ガキ”のオレの話を真剣にいつも聞いてくれたし色々教えてくれた。
海外旅行によく行ってたみたいだけど“何で?”って言うような国々に行ってた不思議な男。
北海道に初めて行ったのも彼とだったし、新宿の“アンダー・ワールド”にも何度か連れていってくれたしね。“ガキ”の「乱暴な飲み方」で潰れたオレの介抱も、してもらったような…(苦笑)。迷惑をかけた方が多いような…思い出はたくさんあるけどね。
他にいた当時の連中はどうしてるだろうか?何となく思い出したよ。
なんら変わらない彼との再会は嬉しかったけど、彼はどうだっただろうか?
果たして彼に“オレ”はどう写ったんだろうか?
今度聞いてみるかな。
そうそう、これを書きながら聴いてるのはもちろんBAUHAUSの新譜「GO AWAY WHITE」。彼は好きだろうか?
元イケメン四人組のリアルな音だぜ。
知ってる?
イギリスのバンドで黒服でルックスの良い四人組。簡単に言うと(笑)。
なんせ、ヴォーカルのピーターはルックスが良いだけで採用されたんだよ。で、だんだん開花してくんだ寝ってた才能ってやつが。
バンド名の由来は20世紀前半のドイツに数十年だけ存在した由緒ある総合芸術学校からとっていて、アートフルなジャケットに思想やらなんやらで“ゴシックの帝王”“デカダンス”なんて言われてたんだよ。
彼らは“拒否”していたけどねそのカテゴライスを。
当たり前だよ、おそらく当時のイギリスのキッズはオリジナル・パンクがマグマのように一瞬で噴火し、終わりをつげ次に向かって模索する中、プレスの勝手な呼び名は作り手には失礼だよな。
しかし数十年後の現在この日本だけではなくアジアで“ゴス”のファッションが流行るんだからこれまた不思議だ。
日本のバンド“BOOWY”や“BUCK-TICK”なんてのはかなり影響を受けてただろうね。「音」より「ファツション」だけど(苦笑)。
生のダンス・ピートにサイケデリアなギター。そしてホラーかつシアトリカルな歌。オリジナルのアルバムリリースは1980年。
今回のお薦め曲は彼らの1stアルバムからタイトル曲「IN THE FLAT FIELD」。その手の世界にドップリ行きたいならお薦め!
たしか高校生の頃、学校の帰りに渋谷から原宿に向かう途中に同じ名前の海外の家具を扱う店が合ったんだけど、まだあるのだろうか?何となく印象的な店だったから憶えてるんだよ。まぁ、これは余談だけど(笑)。
遥か昔の18才の頃、なんとか高校の卒業がきまりアルバイトを探してたんだ。
で、友人が働くバイト先でオレも働くことになった。一応、皿洗いからだったんだけどいつのまにかホールにでることになった。
そこからオレの、いわゆる“水商売”生活が始まるんだよ。
夜バイトして当時組んでたバンドのリハが夜中から朝までで、全く逆の生活。 だから当時行ってた専門学校(2年制)も休みがちというか、行けてもせいぜい昼から。だもんだから、卒業なんて出来ないよなぁ~。それでもギリギリ「就職活動」の時期までいて話があるなか「出席日数がたりないから、もう一年…」なんて先生に言われても…。どうせなら早めに行ってくれって。
本気で“自由”になってバイト生活とバンドにまっしぐらの中、
週に1~2回現われるN君。最初は「何コイツ?」ってのが感想だったんだよ(失礼!N君)。
で、今回は数年ぶりに再開した友人の話。
N君の話は店のママから聞いていた「九州男児」「イケメン」(当時はそんな呼び方なかったけど)「早稲田大学」まぁ、そんなところかなぁ、彼の“ワード”は。
まるで接点はないんだけどオレを誘った友人、挙句に店長までが次々と問題(金・女関係)をおこしクビになる中、彼に話かけ知らぬ間に仲良くなった。
彼は二つ年上でオレのイメージする“九州男児”を覆す男で、どちらかと言うと“なよなよ”してるわりに頑固なところがあり人の話を聞くのが上手い心優しい奴だ。そんな彼とはたまに連絡は取ってはいたけど、なかなか逢えずにいて先先週に13年ぶりぐらいに再開したよ。場所は彼と初めて出会ったバイト先の近く、都内繁華街某所。久しぶりに逢う彼は昔と全く変わってなく、相変わらずの好青年(中年か)ぶり。某有名雑誌社の編集でデスク。
経済なんてのを扱う雑誌らしいから随分かたいね。
今宵選択した店は某“ろばた焼き”の店で、古き友人との話はアルコールが手伝ってか楽しかったよ本当に。最近は仕事の連中とばかり飲んでいたから、同じ話ばかりで退屈だったから。
途中Y君も参加したんだけど彼とも今年初だったんで盛り上がったよ、たぶん(苦笑)。
と、言うのはオレ かなり酔っ払ってしまい…記憶はあるが一人楽しんでしまったような(汗)。
“サプライズ”とでも言うのか?店で“落語”が突然始まったんだよ!古典落語が。数回来たことあるんだけど、そういう店だとは知らなかった。おそらく宣伝をかねてか“若手”か解らないけど二回公演で最後にビラを配ってた。落語の知識が全くないオレにとっての感想は“酔客相手”には少々、難があったようなきがしたね。目の前の“ベロベロ”に酔った女性客の“ツッコミ”の方が数倍楽しかったから(笑)。
N君との出会いはオレにとって大きかった。
彼は“ガキ”のオレの話を真剣にいつも聞いてくれたし色々教えてくれた。
海外旅行によく行ってたみたいだけど“何で?”って言うような国々に行ってた不思議な男。
北海道に初めて行ったのも彼とだったし、新宿の“アンダー・ワールド”にも何度か連れていってくれたしね。“ガキ”の「乱暴な飲み方」で潰れたオレの介抱も、してもらったような…(苦笑)。迷惑をかけた方が多いような…思い出はたくさんあるけどね。
他にいた当時の連中はどうしてるだろうか?何となく思い出したよ。
なんら変わらない彼との再会は嬉しかったけど、彼はどうだっただろうか?
果たして彼に“オレ”はどう写ったんだろうか?
今度聞いてみるかな。
そうそう、これを書きながら聴いてるのはもちろんBAUHAUSの新譜「GO AWAY WHITE」。彼は好きだろうか?
元イケメン四人組のリアルな音だぜ。