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近道をしようとして


知らない家の庭に入ってしまった



枯れた花と 紫陽花の鉢ひとつ


作業着と 子供服の洗濯物



欠けたガラスの陰から


内職らしいかすかな音



近道なんて ありません




書画家 星野富弘




終わり。

五十や六十 花なら蕾


七十八十は 働きざかり


九十になつて 迎えが来たら


百まで待てと追い返せ




書画家 須田剋太





仏門の世界では、「五十六十は鼻たれ小僧」と言うのだそうだ。


独学で絵画を学んだという須田剋太の言葉には、仏の教えを極める者たちの世界のそれと共通するものがある。



その書は非常に力強く、生命力に溢れ、書かれた内容にもふさわしい。



人間はつい年齢を気にしたり、もう若くないから・・・と自分自身に言い訳してしまいがちだが、自分の可能性に蓋をしているのは紛れもなく自分自身であることが多いのである。



口で何と言っても、命があるうちは生きることを諦めない。



そして「生きること」とは、単に息をしているということではない。



人生をよりよく、より豊かにする努力をするということではないかと思う。



たとえ首から下が動かなくなっても口でペンを取る人。


耳が聞こえなくなっても交響曲を作り続けた人。


片腕をなくしても波を追い続ける人。


もう二度と歩くことはできないと言われながら、もう一度車椅子から立ち上がった人。


晩年を迎えても挑戦し続けた人。



彼らは神に選ばれた特別な人間では決してないと思う。



我々と同じ、ただのひとりの人間なのだ。




参考文献


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終わり。


(修正 1th Oct 2020)

先日、上野の東京都美術館にて行われた「日本美術院展」通称「院展」へ赴いた。



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後期から始まった日本画製作の授業の講師から招待券を頂いたのだ。



「日本美術院」とは、岡倉天心が東京美術学校(現・東京藝術大学)学校長を退任直後の1898年に、天心を追って同校を去った橋本雅邦らと共に創立した、近代日本画の研究団体である。



過去の同人リストには、横山大観や下村観山、速水御舟、小林古径、奥村士牛、片岡球子など、近代日本画の巨匠たちが名を連ねる。



入選作品の中から好きな作品・嫌いな作品を3点ずつ選び、感想などを添えて提出するという課題が出た。


そこでクラスメイトほぼ全員で授業のない金曜日に行くことにした。



会場の入り口はB1で、続いて1F、2Fを回るという順路になっており、それぞれのフロアには100点ほどが展示されていた。



「院展」を観に行ったのは初めてだったが、B1を一通り見ての正直な感想は「院展はこの程度のレベルなのか・・・」だった。



が、2F・3Fを回ってみるとその感覚は一掃された。



こういう日本画が観たかった!



そんな作品にたくさん出会えたのだ。



嫌いな作品として挙げたものはここでは伏せておくが、私が好きな作品として挙げた作品は「古事記(ふることかみ)」高橋天山、「松林」加藤厚、「忘却」熊谷曜志の3作品。


感想を書く部分で更に「朧」宇高健太郎、「渚煙」松下雅寿、「曳舟」清水達三、「王国(ノスタルジア)」坂本洋介、「終宴の雨」杉村眞悟、「染めゆく秋」野地美樹子、「薄暮」浜口和之、「屋久島の春」道吉勝重、「妖精」吉井東人を好きな作品として挙げた。



後日、日本画の授業の際に講師に、B1の作品と2F、3Fの作品で明らかにクオリティの違いを感じたことを告げると、「B1の作品はほとんどが無鑑査で、ちゃんと監査されている作品と比べて緊張感が無いんだ」とおっしゃっていた。



院展で20回以上入選した画家の作品は無条件で出展できるのだという。


応募総数612点のうち審査を通って入選した作品は252点。


半分以下の応募作品は人目に触れることはない。



日本画を描くのにはとても経費がかかる。



しかも院展に出展できるのは225cmx180cmなどの大作ばかりだ。


1作品描くのに大体15万円の予算を組むけど、全~然足りないんだよ、と講師もおっしゃっていた。


院展に臨む作家の気合は一入なのだろう。


そんな訳でビッグネームの作家でも緊張感のない作品は、ときに初入選の作家の作品の引き立て役にとどまってしまうというわけなのだ。



もちろん招待や無鑑査の作品の中にも良いものはあったが、講師の話を聞いて妙に納得してしまった。



そして院展を去った後、私はもう一度国立近代美術館の常設展を観に行きたくなった。



横山大観や川合玉堂の名作、そしてあの、川端龍子の「草炎」にもう一度逢いたくなった。




終わり。

(加筆修正 14th Sep 2020)


「ノルウェイの森」上巻の半分と少しを読み終えたところだ。


恥ずかしながら、村上春樹は今まで一度も読んだことがなかった。

読んでみたいとはずっと思っていた。

思っていたよりも解りやすい文章だと思う。

それは意外だった。


「ノルウェイの森」を抜けるにはまだ先は長いが、個人的な感想として、さだまさしの小説の方が断然面白い。(苦笑)




終わり。

(加筆修正 14th Sep 2020)
ネコムスメのブログ-090905 小菊.JPG 



よろこびが集まったよりも


悲しみが集まった方が


しあわせに近いような気がする



強いものが集まったよりも


弱いものが集まった方が


真実に近いような気がする



しあわせが集まったよりも


ふしあわせが集まった方が


愛に近いような気がする




書画家  星野富弘




終わり。



遂に!遂に!


「なんでも鑑定団」の日本書画の鑑定を担当されている、思文閣代表取締役社長、田中大さんに直にお会いできることに!






やった!!





念が通じた。 笑



著書にサインをお願いしよう^^



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思文閣に赴くのも初めてで緊張しそうだが、日本美術について時間の許す限りお話を聞いてきたいと思う。




ところで、後期の授業が始まってから、前期ではほとんど出なかった課題が盛りだくさんだ。



レポートやら英文翻訳やらデッサンやら・・・。


調べ物もたくさんある。


図書館へ本も返しに行かねば。




明日は妹(弟?)がうちへ引っ越してくるし、掃除や洗濯や押し入れの整理もしたい。


それには今晩徹夜で課題を終わらせねば!




そのために今夜は仕事を休んだ。




ブラックコーヒーの力を借りながら、得意の徹夜だ。




もしも願いが叶うなら、一日30時間欲しい。


この数か月、何度そう思ったことか・・・。




なんて言ってる場合ではないのだ・・・。




終わり。


(加筆修正 14th Sep 20202)




会えるはずもないと思っていた人でもなぜか会えてしまうこと、ありませんか?



自分は今まで何度かありました。


著名な方に「会いたい会いたい会いたい」(怖)と思っていると、ひょんなきっかけやご縁でお会い出来たりするのです。(*´∇`*) 




もしかしてもしかすると…



『先賢諸聖のことば』を書いた田中大さんにお会いできるかもしれない…!



お会いできれば古美術のことや歴史のことなど、質問したいことがたくさんあります。

豊富な知識の片鱗にでも触れてみたいとずっと思っていました。


まだ決まった訳ではないのですが、ダメかな~と思っていたら少し道が開けてきたので、あともう少し念じてみましょう。

(だから怖いって)



終わり。

(加筆修正 1th Oct 2020)
 信為萬事


「信は万事を為す」


何事につけ[信(まこと)](誠実さ)が最も大事である。



日本画家 川合玉堂


自然を見てそれを正確に描くのではなく、自然そのものを描くことに人生を掛けて取り組んだ、川合玉堂。

彼が和紙に描いたのは目に見える風景ばかりではなく、そこに漂う「空気」であった。

しかし玉堂には実際に目に見えていたのかもしれない。

この世で何より大切だと言う[まこと]というものが。


我々が“見えない”という潜在意識によって閉じてしまった第三の目、[心眼]というもので見ていたのかもしれない。


参考文献「先賢諸聖のことば」


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終わり。

(加筆修正 1th Oct 2020)

雪庵老兄有詩次其韻却示


簿書堆裏送我生  


何向人間訴不平


唯有丹誠存一塊  


胸中十万貯神兵




雪庵老兄詩有り其の韻に次いで却って示す




(簿書の堆裏に我が生を送り


何ぞ人間に向いて不平を訴えん


唯だ丹誠ありて一塊を存し  


胸中に十万 神兵を貯う)




「公文書にうずもれた生活を送っても、世間に対して不満を訴えるつもりなどない。


ただ真心にゆずれない思いを抱き、胸に十万の正義の兵士を養っているのだ」





長州藩士 周布政之助





「偽りの明治維新」を読んでから、明治維新の立役者たちが無条件に英雄扱いされることに疑問を抱いているが、大志を抱いた人間の言うことはやはり心を揺さぶるものがある。



幕末の長州藩士、周布政之助の言葉もまた然り。



周布は新しい時代を見届けずして自刃したが、心を貧しくして十万の神兵を飢えさせることは生涯なかったのだろう。



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(参考文献 「先賢諸聖のことば」 102頁)




終わり。


(修正 14th Sep 2020)

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誰がほめようと 誰がけなそうと


どうでもいいのです



畑から帰ってきた母が


でき上った私の絵を見て



「へえっ」



とひと声


驚いてくれたら


それで もう


十分なのです





画家・詩人 星野富弘




終わり。