憧れの小林先生とも初めて写真を撮ることができて、もうルンルンでした。
たぶん50歳代中頃~後半の先生ですけど、髪はロマンスグレーで肌は白く、よく見ると少し目がグレーに見えるんです。
いつも明るい笑顔でいてくれて、本当に大好きです。
しかも年齢よりもずっと若々しいんです。
私たちの担任の小野先生は34歳ですけど、小林先生の方が体力があるみたいです。
二人とも痩せている方です。
特に小野先生は。
ご飯を食べているところをみたことがありませんから。
タバコも吸わないので、カフェインだけで動くエンジンらしいです(笑)。
それはさておき、本当に今日話したいことは別にあるんです。
体育祭の後でひとり、日本橋三越本店の7階で開催している森田りえ子画伯の個展に行って来たんです。
日本画の先生から招待券を頂いたんですけど、浅草線の車両に広告も貼ってあります。
それを見て是非行きたいと思い、開催期間が短いもので、体育祭でダレた身体を引きずって行って来ました。
正直今まで観た展覧会の中では一番良かったと言っても過言ではありません!
恥ずかしながら、森田りえ子さんという日本画家を私は今まで知りませんでした。
経歴をみるとかなり華々しいのに。
基本的に健在の画家の作品てあんまり目に入ってこないんです。
最近は院展に赴きましたので、現役で活躍されている方の絵もいいなぁと思います。
でもやっぱり私は川端龍子や横山大観、川合玉堂に東山魁夷なんていう、日本画が好きな人で知らない人はいないというくらい、有名な巨匠たちばかりが好きでした。
森田りえ子さんは間違いなく、その巨匠たちに肩を並べる存在です。
だって、あの金閣寺ですよ…!
その本堂に絵が残せるなんて、なかなかできないことです。
狩野探幽だとか、円山応挙だとか、谷文晁だとか、はたまた尾形光琳だの、俵屋宗達だの、本阿弥光悦だの、日本美術の世界に傾倒していなくとも誰しもが知っているような巨匠たちでしか、そこには行き着けないのですから。
森田りえ子画伯はそんな巨匠たちと肩を並べられる人だと思います。
見ててごらんなさい。
機会があれば是非観に行ってみて下さい。
10月26日までやっていますから。
(アンネの日記風)
思い出の向こう側から
一人の少年が 走ってくる
あれは
白い運動ぐつを
初めて買ってもらった日の
私かもしれない
白い布に草の汁を
飛び散らせながら
あんなにも あんなにも嬉しそうに
”今” に向かって走ってくる
書画家 星野富弘
終わり。
思っていたよりスラスラ読み進み、あっと言う間に読み終わった。
"さだまさしの小説の方が面白い。"
とこのブログで書いたが、途中、下巻の中盤から最後の方に掛けて、段々面白くなってきた。
生とはなんたるか。
死とはなんたるか。
そんなテーマは見えた。
誰しも大切な人を亡くしたり、小説や映画に影響されて生や死について考えたことがあるかもしれない。
時々は『死』について考えることもよいことだと思っている。
しかしノルウェイの森を読んでいると、生きるとは何か?死とは何か?
と考えて、答えが出なくとも、人は生きていくしかない。
死後の世界は本当にあるのか。
それは、その時がくればいずれはわかることなのだろうか。
【森に彷徨う】
死後の世界や、肉体が朽ちても魂は輪廻転生を繰り返す、ということを信じない人の中には、実は「そんなものあってもらっては困る!」と思っている人も少なくないのではないだろうかと常々思う。
自分には本当に一遍の曇りもなく、常に正しい行いをする聖人である、などと本気で思える人間など存在しないだろう。
好き勝手生きて、特別善人というわけでもなく、家族を特別大事にできているという自覚もなく、体たらくに生き、止めるべきだと思うことも止められない。
それが祟って次に生まれ変わったら、とんでもない境遇に身を置かれるのではないかとか、そこまで考えなくとも、自分自身の他に自分のことを隅から隅まで知りつくした神様だか守護霊さまだかなんだか、いてもらっちゃ非常に困る!
かなり脱線したが、村上春樹は確かに深いし、
読んだ後に色々と考えてしまう。
まだ「ノルウェイの森」しか読んでいないが、余韻の残る作家ではある。
これは面白い。
アンネは12~3歳から亡くなる15歳くらいまで隠れ家生活を強いられるのだが、当日とあるラジオ局が「戦時中に書かれた手紙や日記を戦後に公表する」と発表したため、アンネは自分の日記を全て清書し、時には当時を思い出しながら補足まで付け加えたのだ。
日記の言葉遣いや考えていることを読んでも、彼女は年齢は幼いながらも立派な大人だ。
『アンネの日記』には様々なバージョンがあるらしいが、私が読んでいるのは2003年に出版された増補新訂版というもので、深町眞理子訳のものだ。
これに限らず、誰もが知っている作品でも意外とまだちゃんと読んでいない本がたくさんある。
日本語の使い方が素晴らしいのだそうだ。
村上春樹の他の作品と共に読んでみようと思う。
私が気になるのはワタナベくんのその後。
緑とはどうなったのだろうか、それと阿美寮の宮田という奇妙な医師が話した“どうして手の中指は人差し指よりも長く、足の方は逆なのか”の詳しい内容だ。
これは生きていくのになんら必要のない知識ではあるが、“人は死んだらどうなるのか”ということと同じくらい興味深い。
“人は死んだらどうなるのか”
これについて考えることも実際、生きていくのになんら必要のないことなのだろう。
けれど生きている限り、きっとまたこのことについて考える日はやってくる。
田中大さんは、なんでも鑑定団で拝見しているそのままの雰囲気の、真面目で思慮深い感じの方だった。
話す口調は京都弁ということもあってか柔らかいが、目には強いものが感じられた。
この人が私と目を合わせて話しているのがまるで夢のようだった。
今でもまだ、夢だったような気がしてしまう。
あっと言う間に30分が過ぎ、お店の方の出迎え&見送りもしていただいた。
(見送り時には田中さんも
)何となく遠慮して、お店の外観の写真すら撮れなかったという始末である。
握手もしてもらうの…忘れた(T^T)
握手してもらうことと写真に一緒に映ってもらうことは、次にお会いする時まで楽しみとして取っておこう。
今日はとても素敵な一日だった…(*´∇`*)
終わり。
銀座駅を降りて少し歩き、
20メートル程先にいよいよ『思文閣』の看板を見つけると、
心臓がエイリアンの赤ん坊みたいに胸を喰い破って出てきそうだった。
『思文閣 銀座店』はこじんまりとしていて、
店内に入ると左手に受付のようなところがあり、
右手には上品で細身な掛軸が3~4幅掛かっていた。
そこと繋がった奥のスペースに、
麻木色の暖簾が掛かった簡単な応接室があった。
応接室によくある、
座ると沈む黒のソファーに腰かけると、
案内して下さった方が
「田中はすぐに参ります」
と言って更に奥の引き戸で仕切られた事務所へ入って行った。
彼の言葉通り、
田中社長はすぐに事務所からお見えになった。
私は遅くなったお詫びを述べ、
すぐに資料を見て頂いた。
田中さんはメガネを外して暫く資料を見ていた。
それはある幕末の志士が詠んだ詩集で、
表装もされていないものだが、
文献にそういうものをその人物が書いたという記録があり、
なかなか面白いものだとのことだった。
しかし美術品としとの価値はあまりないのだという。
その人が生きた土地の郷土資料館などにあってこそ、
活きるものだということだった。
その資料について暫くお話しした後、
著書にサインを頂けないかとお願いすると、
お礼のお言葉とともに快諾して頂いた。
サインペンを用意してあったのだが、
私が著書をバッグから出そうとしている間、
田中さんは事務所に戻り、
筆ペンと試し書きの紙を持って戻ってきた。
そして私の名をメモ書きに書くよう言った。
私の本名はとびきり素敵なのだが(笑)、
下の名前を何と読むのか訪ねられ答えると
「素敵なお名前ですね~」
と言ってくださった。

それからほんの数分だけ、
私が勉強していることなどについてお話しすることができた。
そしてちゃっかり
「思文閣には修復部門はありますか?」
などという無躾な質問までさせて頂いた。
「うちにはそういう人はいなくて外注ですけど、
いたらいいなと思います。
そういう仕事をする人が、
うちにもいたらいいなと思いますよ」
と、メガネを掛けながらおっしゃった。
心でガッツポ~ズ

残念ながら、
写真を一緒に
と頼む勇気が出なかった。
田中大さんは、
なんでも鑑定団で拝見しているそのままの雰囲気の、
真面目で思慮深い感じの方だった。
話す口調は京都弁ということもあってか柔らかいが、
目には強いものが感じられた。
この人が私と目を合わせて話しているなんて、夢のようだ。
今でもまだ、
夢だったかのように思える。
あっと言う間に30分が過ぎ、
お店の方の出迎え&見送りも
(見送り時には田中さんも
)していただいた。
何となく遠慮してしまい、
お店の外観の写真すら撮れなかったという始末である。
握手もしてもらうの…忘れた(T^T)
握手してもらうことと写真に一緒に映ってもらうことは、
次にお会いする時まで取っておこう。
今日はとても素敵な一日だった…(*´∇`*)
終わり。
(加筆修正 14th Sep 2020)
先日、Y150へ弟と赴いてきた。
夜景モードなのでこれが限界。
これ、地球の地図が実際にこの球体に描かれているわけではない。
どこかから当てているのだ。
人が自由に行き交うというのに影になることはない。
すごい技術だ。
そしてメインとも言えるクモのロボット。
動いているのを見るとかなりの迫力!
しかもクモの生態について物凄く研究されているのが伺える。
動きが滑らかで本当に生きているようだった。
こちらは昼間観に来た友人が送ってくれたもの。
近くで観ていると水びたしになるらしい。
横浜から六本木へ移動し、ショーパブレストラン、というのが正しいのかわからないが、立派なステージのあるエンターテイメントホール
「香和-Kaguwa-」へ。
看板も店内も和テイストで、入口からホールへの階段は遊郭のそれを思わせる。
フロアレディの何人かは着物を着ていた。
綺麗な人がいるな、と思ったら、ニューハーフさんだった。
ショウはトータル50分で短いストーリーを集めた編小説のようだった。
ダンサーが天井から吊られたり、ステージが上下したり、かなり本格的なショウだった。
「香和」はこれから年中無休になるそうだ。
この不況の世で勢いがあって結構ではないか
終わり。
(加筆修正 1th Oct 2020)
That day, That day
What a mess what a marvel
I walked into that cloud again
And I lost myself
And I'm sad, sad, sad
Small, alone, scared
Craving purity
A fragile mind and a gentle spilit
That day, That day,
What a marvelous mess
This is all that I can do
I'm alone to be me
Sad, scared, small, alone, beautiful
It's supposed to be like this
I accept everything
It's supposed to be like this
That day, That day,
I lay down beside myself
In this feeling of pain, sadness
Scared, small, climbing, crawling
Towards the light
And it's all I see
And I'm tired and I'm right
And I'm wrong
And it's beautiful
That day, That day,
What a mess, what a marvel
We're all the same
And no one thinks so
And it's okay
And I'm small and I'm divine
And it's beautiful
And it's coming
And it's already here
And it's absolutely perfect
That day, That day,
When everything was a mess
And everything was in place
And there's too much hurt
Sad, small, scared, alone
And everyone's a cynic
And it's hard and it's sweet
But it's supposed to be like this
That day, That day,
When I sat in the sun
And thought and I cried
Cause I'm sad, scared, small
Alone, strong
And I'm nothing and I'm true
Only a brave man can break through
And it's okay
Yeah, it's okay
That day, That day,
That day, That day
(あの日 あの日
なんという混乱 なんという驚き
私はまたあの霞の中に踏み込んで
自分を失った
悲しくて 小さくなって 孤独で 怖れていた
純粋さを求めていた
壊れやすい心と優しい気持ち
あの日 あの日
なんというものすごい混乱
私にできることはこれだけ
自分をさらけだすこと
悲しくて 怖くて 小さくなって 孤独で 美しい
それはこういうものだから
私は全てを受け入れる
それはこういうものだから
あの日 あの日
私は私に寄り添って寝る
この痛みと哀しみの感情の中で
怖くて 小さくなって 這い上がり 這いながら進む
光のある方へ
それが私に見える全て
私は疲れ 私は正しい 私は間違う
だけどそれは美しい
あの日 あの日
なんて混乱 なんて驚き
私たちは皆同じ
だけど誰もそう思わない
だけどそれでいい
私は小さい 私は神の子
それは美しい
それはやがて来たる
だけど既にここにある
そしてそれは完全無欠なもの
あの日 あの日
全ては混乱していた
そして全てはあるべき場所に収まった
傷付いたことが多すぎて
悲しくて 小さくなって 怖くて 孤独だった
誰もが冷笑した
それはつらいけど それでいいこと
それはこういうものだから
あの日 あの日
私は明るみにさらされた
私は考え 私は泣いた
だって私は悲しくて 怖くて 小さくて 孤独で 強い
私は何者でもない 私は真実
勇気のある人間だけが乗り越えられる
それで全然かまわない
そう それでいいの
"THAT DAY"
ナタリー・インブルーリア
終わり。


















