「たたずむ」。この言葉ってあんまり日常、使わないと思う。時々、ぼおっとしている人に冗談っぽく「なに、たたずんでるの?」ということがあるけれど、それ以外、きちんとこの言葉に向き合ったことはなかった。
それが師匠から最近、「たたずめることは大事なことだ」と教えていただいた。人は「たたずむ」ことで、冷静な判断ができるのだという。
何かに追われながら、走りながら判断すると空回りする。でもきちんと腹をどんと据えてたたずんで判断すれば、プラスアルファの知恵が授かるようだ。自分の精神状態を安定化させることで、ほかに惑わされない人生を選べるようだ。
確かに。これは昨日の泰然自若と同じことだ。私はあまり車の運転が好きではないが(焦って車をぶつけてしまうことが結構あったため)、今日はどうしても運転しなくてはならず、心の中で「泰然自若、泰然自若」とおまじないのように唱えるようにした。すると、いつもけんかばかりの夫ともけんかしないで済んだし、安全に自宅まで運転できた。こちらの精神状態がちょっと落ち着いていたからかもしれない。不思議だなあ。
師匠いわく、幸せとは、足元の家族が元気で、自分の人生の中での犠牲をいかに少なくするか、だという。師匠は軽々しく世界平和とか絶対に言わない。本当に一言一言に重みがあるから、私はいつもメモをとる。
それでも悲しいのは「もう、この世界も飽きたなあ」というときだ。それは師匠がこの世から去ることを意味する。まだまだ、私は師匠の言葉を紡ぎきれていない。それにスサノオ神の受けている誤解や哀しみを描き切れていない。もうちょっと、もうちょっと「たたずめる」時間が必要だ。