このところの異常なほどの天候を見て、いよいよ神の時代になったなあと痛感する。神=かみとは、「火(か)」と「水(み)」で構成されているらしい。
2014年2月の東京を中心に関東全域で猛威を振るった大雪はまだ記憶に新しいだろう。そしてつい最近の22日の大雪。それだけではない。九州北部豪雨、鬼怒川決壊による茨城の常総市を中心とした豪雨災害ーー。水による災害が後を絶たない。そしてそれとほぼ同時かちょっと遅れて「火」の時代がきた。新燃岳の噴火をはじめ、草津の白根山。師匠によると、これから水が終わり、火の時代になるという。
火と水で「かみ」。実は、我が家は火の恐ろしさを垣間見た。
目の前の家が火事になったのだ。119番をかけても、細い道で消防車がすぐに入ってこれない。風にあおられ、どんどん炎は家を巻き込んでいく。煙がすごい。園芸用のホースで消火しようとしたが、なんの意味もないことがすぐに分かった。煙でもうのどがやられそうになり、何も持たずにつっかけをはいて家を出た。携帯さえも持つ余裕はなかった。
みるみる燃え移る炎。火元の家ではなくなった人も出た。1軒、2軒、3軒、4軒を全焼させてやっと火は鎮火した。昼から燃え始め、現場に入れたのは夕方だった。我が家はーーー。道1本はさんで、なんとか無事だった。しかも、バイクが焼け、ガラスが焼けたくらいだった。中までは火が入らなかったため、畳も水が入らず、無事だった。
この明暗を分けたのは、家の前の細い道だった。その道があったおかげで、飛び火をなんとか抑えられたようだ。
でも、私はそれだけではないと思っている。道路側にあった神棚が全く無傷だった。しかも昨年、家の塀を暑熱対策として塗り替えており、それがなんと熱から守ってくれたようだ。
東日本大震災の時も、軒並み瓦が落ちる家が相次ぐ中で、我が家は食器棚の皿が一枚かけたくらいだった。
この差はなにか。私は、安直に家を建てなかったからだと思う。家探しから、時期、方角、風水にいたるまで、師匠が手掛けた家だからだと思う。毎日、神棚には手を合わせ、感謝の日々だ。
立派な華美な神棚はいらない。でも、高いところに、神様をまつる習慣は大事だと私は自らの経験からそう思っている。