高校生だったころか、「祇園総社の鐘の声 諸行無常の響きあり」という平家物語のくだりを覚えたことがある。
その時はなにげなく「諸行無常」とい言葉を暗記していたが、最近、結構、気になる言葉の一つになった。
諸行無常ーー。もろもろの行いは常ではない。すべては流れゆくということだ。
特につらいとき、この言葉を思い出す。どんなにつらいときでも、どんなにうれしいことでも、すべては移り行く。すべては流れゆく、ということだ。
つらいときこそ、この言葉をかみしめる。いつか、風は吹く。いつか、道は開ける。そして淡々と一歩、一歩、自分の足で歩くしかない。
いつか、きっと。ときは流れる。いつか、いやなことは終わる。始まれば、いつかは終わる。哀しくもあり、どこか勇気をくれるフレーズだ。
ホリエモンも、獄中でこの言葉をかみしめたという。
師匠は、よく、この諸行無常を別の言葉で「列車の窓」にたとえた。近視眼的に物事をとらえず、どこか引いた視線で眺めろ、ということだ。
電車の車窓でほお杖をつきながら、遠くの景色を眺めるように、いやな物事も、ちょっと俯瞰して眺めたほうがいいという。
舞台で自分という役割を演じつつ、もう一人の自分がお芝居を見るようにしてそれを眺める。そうとも教わった。
人生という劇場で今、自分はどんな役割を演じ、どんなエピローグを迎えるのか。先のことはわからないけれど、執着することなく、人生という風景を眺めていきたい。
栄枯盛衰。諸行無常。大河の流れに逆らわず、ちいさな小舟でゆらゆらと流れていきたい。そして、死ぬとき、「あ~面白かった」といって死にたい。そして、ちょっぴりでいいからどなたかのお役に立つことができたら。こんなにハッピーな生き方はないだろう。