地獄の底に引っ張り込まれるような得体の知れない恐怖感
心臓を鷲摑みされるような胸の痛み
ビクンと夜中に飛び起きる中途覚醒
悪夢
吐けない過呼吸
全身の硬直や痛み
激しい頭痛
グラグラ目眩
どうしようも無い焦燥感
飲んでいる間はあれほど固かった決意や信念はアッサリ揺らぎました。
病院に行く。
それも何故か精神科に行く
私も行った
ベンゾは飲めない
だって
断薬したからもう依存していないハズなのに
ユックリ止めたら離脱は残らないハズだったのに
あれほど何年も苦労して止めたのに
今は悪いクスリだと知っているのに
今更ベンゾが飲めるワケがない
でも苦しい
苦しいときの言い訳頼り
「ベンゾじゃ無きゃ
いいんじゃね?」
あるいは
「離脱症状じゃ無くて
薬が必要な別の病気しゃね?」
元々精神科に捕まる原因だった自分の病気、
「病名とクスリが欲しい病」が再発する。
初診の時の自分と
何一つ変わっていない
それどころか悪くなっている。
そしてこれが
遷延性離脱を認めない医療、医師のスタンスとガチッと噛み合ってしまう。
「そうそう、貴方は病気なんですよ、無理しちゃいけません」
そう医師に言わせてしまう。
そして幸か不幸か
効いてしまう
地獄で仏
ならぬ
地獄でクスリ
強烈な成功体験として脳に刻まれてしまう。
最近それっぽい病名が
雨後の筍の如くドンドン生えてくる
シラフが長くなれば分かる話なんですが医師、それも初めて会った精神科医が、それを離脱症状だとか他の病気だとかが
分かるハズが無い。
判別する科学的・体系的な手法も無い。
分かるハズが無いものを自信満々に「◯◯病ですよ」と言う時点で、その医師は嘘つきだと自白している様なモノなのに
何故か信じてしまう。
病名を受け入れてクスリももらって
飲んでしまう、
ベンゾじゃないから
離脱症状じゃないから
私には必要だから
と
何故そうなってしまうか? と言えば
所詮、人は自分の聞きたい話、見たいモノしか見ようとせず聞こうとしないから。
信じたいモノしか信じないから。
長く飲んでしまうとドンドンそれが顕著になり
結局精神科とのwin-winから
向精神薬の呪縛から抜け出せない。
言って欲しいことを精神科医に
言わせてただけだったんです
幸い私は漢方もらうだけで
病名探索・薬物探索は治まってくれましたが
基本的にこの狂った思考パターンは今も少しも治ってはいません。
断薬から4年近い今も囚われたままです。
違うのは
そんな自分に気づいて認めている
それだけです。