晴走雨読な日々〜Days of Run & Books〜 -85ページ目

晴走雨読な日々〜Days of Run & Books〜

晴れた日は山に登り街を走り、 雨の日は好きな音楽を聞きながら本を読む
そんな暮らしがいい!

TVやビデオを通して聴いたことはあったものの、生での演奏を聴いたことがなかったアリス=紗良・オットのピアノ・リサイタルにやっと行くことができました。

 

ドイツ人の父と日本人の母を持つアリスはその独特の東洋系の美貌もあって、日本でも人気がありますね。コミュニケーションはドイツ語がメインですが、日本語も英語も流暢に話すトリリンガルです。一時期神経系の病気を発症して休んでいた時もありましたが、現在は治療をしながらコンサートを続けています。

(今回も来日直前に右手に腱鞘炎を発症して、治療しながらの演奏だったそうです)

 

そんな彼女がニューアルバムのリリースに合わせてワールドツアーの最後に来日すると知って、すぐにチケットを押さえました。

 

🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 

 

6月28日土曜日。会場は西宮北口にある兵庫県立芸術文化センターの大ホール。14時開演のいわゆるマチネーです。2000席あるホールはもちろん満席でした。

 

 

プログラムはアイルランドの作曲家ジョン・フィールドのピアノ曲とベートーヴェンのピアノソナタのみ。

 

演奏順に

フィールド:ノクターン No.17

ベートーヴェン:ソナタ No.19

フィールド:ノクターン No.1、2、 4、 10 

ベートーヴェン:ソナタ No.30

フィールド:ノクターン No.14、16、9

ベートーヴェン:ソナタ No.14「月光」

 

これだけ見ると、ベートーヴェンのソナタのイントロというか前奏曲という位置付けでフィールドのピアノ曲を演奏するように見えますが、そんな単純なことではありませんでした。

 

🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 

 

いつものように裸足のパンツスタイルにガウンカーディガンを翻しながらステージに現れ、ピアノの前に座ったかと思うと、いきなり一曲目を弾き出しました。フィールドのピアノ曲を聴いているうちに、急に曲調が変わってアレ?と思っていたら、息つく暇もなくベートーヴェンのソナタに移っていたのです。

 

独特のステージ衣装と併せて、この時は演奏スタイルもちょっと変わっていて、ソナタを演奏し終わると、初めて聴衆に向き合う形になり、MCが始まりました。それもマイクを持って脚を組むという普通のピアニストなら絶対やらないポーズで。

(写真は彼女のインスタからお借りしました)

 

彼女がフィールドという作曲家の曲を知ったのは、パンデミックの間に偶然とある配信サイトで彼のノクターン全集を見つけて聴き始めたことがきっかけだそうです。すぐにフィールドのピアノ曲の虜になった彼女は、彼の生涯と同時期を過ごした他の作曲家との交流を調べて、MCでも音楽評論家顔負けの解説をしてくれました。

(リサイタルのパンフレットにも、4ページに渡ってフィールドのことを書いていて、ベートーヴェンのことは一切書かれていません)

 

🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 

 

「ノクターン」(夜想曲)といえばショパンの曲が有名ですが、フィールドはショパンがまだ4歳の時に最初のノクターンを発表していたそうです。彼の作曲したノクターンはロマンティックなものではなく、綺麗なメロディというわけでもなかったようです。この日聴いた限りでも曲調がコロコロと変わったかと思えば、突然リズムが乱れたかと思うと唐突に終わったりして、ちょっと変わっていました。

 

彼女曰く「ノクターンの父」ともいえるフィールドは、ベートーヴェンとほぼ同時代に活躍して、お互いに交流もあったそうですが、アルコール好きが災いして体調を崩し、次第に世間から遠ざかることになり、今では忘れられた作曲家になってしまいました。

 

アリスは、そんな埋もれた作曲家フィールドのノクターン全18曲を、今年アルバムに収めてリリースしました。このコンサートツアーはそのプロモーションも兼ねているようです。

 

次にフィールドのノクターン No.1、2、4と演奏した後、再びMCが入り、ノクターン No.10とベートヴェンのソナタNo.30が続けて演奏されました。これは演奏前の彼女の説明によると、共にホ長調(E Major)で曲調が似ているからという理由からです。

 

🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 🎹 

 

休憩の後、フィールドのノクターン No.14、16 の演奏が終わった後、再びMC。というのも、最後に演奏するフィールドのノクターン No.9とベートーヴェンのソナタ「月光」には共通点があるからです。

 

ベートーヴェンは、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の劇中で騎士長が殺される場面で流れているメロディに着想を得て「月光」にもその付点音符のフレーズを取り入れたそうですが、なんとフィールドのノクターン No.9にもそのフレーズが使われているそうです。

 

彼女は、話しながらそれぞれ弾き比べてくれて、私はもちろん会場の皆さんも「ほーっ⁉︎」「ヘー⁉︎」というため息が出ていました。

 

ベートーヴェンのソナタ「月光」は超がつくほど有名な曲ですが、後世つけられた「月光」というロマンティックなタイトルとは違う内容というのが彼女の説明でよく分かりました。やはりドイツで生まれ育ったアリスにはドイツの楽曲が似合いますね。

(彼女が弾くドビュッシーも違った意味で素敵ですが)

 

何回かのカーテンコールの後のアンコールは、エストニアの現代音楽作曲家アルヴォ・ペルトの「アリーヌのために」という、とてもシンプルかつ短い曲でした。

 

彼女の音楽に対する向き合い方と、ピアノ演奏にかける情熱の度合いが客席からもよく伝わったリサイタルでした。ドイツと日本の間で揺れ動く自分のアイデンティティに悩んだ時期もあったようですが、まだまだ元気で活躍してほしいピアニストのひとりです。