六甲山系の中に「魚屋道」(ととやみち)と呼ばれる登山道があります。
神戸市東灘区深江から有馬温泉に通じる山道で、その名の通り瀬戸内海で獲れた新鮮な魚を商人が天秤棒で担いで有馬まで運んだ道です。その成り立ちは古く、江戸時代にはすでに人の往来があったそうです。
当時の公道は、六甲山脈を挟んで北側と南側を横断する二筋しかありませんでした。ひとつは宝塚の生瀬から三木に通じる「有馬街道」。もう一つは、尼崎・西宮から明石へ通じる「西国街道」です。
「魚屋道」はそれとは全く別に、商業の発達と共に物流の効率化のためにできた、いわば「抜け道」として出来た間道の一つだったようです。六甲山脈を登って物を届けるという昔の人の発想とバイタリティがすごいですね。しかし、公道を通らない道なので、それぞれの宿場の商人との争いが度々起きたそうですが、明治時代には正式に認められたそうです。
そんな魚屋道の歴史を辿るハイクイベントがあるので、一緒に歩きませんか?と神戸のラン友からのお誘いがあったので、参加してきました。
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10月24日金曜日、集合場所のJR甲南山手駅に8:00過ぎに着くと、広場にはすでにたくさんのハイカーさんの姿が。ラン友さんと合流し、さっそく受付を済ませて、参加賞を受け取ります。この日は4人グループで申し込んでいました。
このイベントの主催は「魚屋道を歩こう会」というボランティア団体で、毎年この時期に魚屋道を歩くハイキングを企画していて、今年で27回目だそうです。
集合時間の8:30になると、ハイクリーダーの挨拶のあと、住吉歴史資料館の学芸員Uさんが、魚屋道の歴史⬆️をユーモアを交えて解説してくださいました。
その後、参加者全員でハイクスタート。この日の参加者は約80人。グループ分けをして移動するかと思っていたら、全員が一斉に歩き出したのにはビックリしました。先頭と最後尾、そして間にボラスタッフが入るという体制のようです。
スタッフはこんな旗を掲げています。
近くの森稲荷神社に参拝。
六甲山系の特徴は、住宅地を抜けると、すぐに登山道が始まります。
人数が多いので、ところどころで渋滞もあり
景色のいいところで休憩しながら
1時間半ほどで風吹岩に到着。休憩している参加者もいましたが、我々は休憩なしで先に進みます。ここから先は数ヶ月前にも通った道です。
分岐のあるところには、スタッフが事前にこんな➡️を付けてくれていました。
ゴルフ場のカート道を横断し
11:00過ぎに雨ヶ峠に到着。東屋でしばらく休憩していると、風吹岩で追い抜いた先頭リーダーの集団が追いついてきました。
再び先行します。所々で渡渉もあり、滑らないように気をつけて渡ります。
途中にあったチェックポイントで通過のチェックをしてもらい、本庄橋跡を過ぎ
最後の七曲りの急登を登り切れば
12:15 一軒茶屋に到着。ここで2回目のチェックを受けます。
山頂直下のトイレ前で昼食を摂ります。そのまま有馬へ下りることも出来ますが、せっかくなので久しぶりに最高峰まで登ってみました。
その間に他のグループは、休憩後に我々を追い越して有馬へ向かう魚屋道を進んでいました。
久しぶりに歩くこの辺りの魚屋道は、以前より荒れていて岩がゴロゴロしている場所が多く歩き辛い。
途中の東屋で先頭グループに追いついた後は、先導するリーダーのすぐ後ろに付いて進みます。
14:00に有馬温泉街に繋がる鳥地獄に着きました。
最後のチェックを受けて解散。「金の湯」の入浴割引券をもらいましたが、ラン友さんの提案で、近くの亀の井ホテル(旧かんぽの湯)の日帰り温泉♨️が安い(¥800)というので、そちらで汗を流します。
帰りのバスの時間をチェックして、コンビニでビールなどを買ってバス停でプチ打ち上げ。
約12kmを5時間で歩くのんびりハイクでした。それでも累積標高は1,000mを超えているので、こんな道を昔の人は荷物を担いで、しかも草鞋でよく登ったなあと、改めて感心してしまいます。
おまけ
¥300の参加費でもらった参加賞
魚屋道通行手形(表・裏)→これをザックにつけて歩きました
保冷温ショルダーバッグ→大きさも素材も微妙?
手拭い





















