その昔、大坂と箕面を繋ぐ「箕面街道」(別名 大坂道)という参詣道があったそうです。その旧箕面街道を辿ってみようと、箕面観光ボランティアガイド(MVG)のメンバーで、資料をもとに歩いてみることになりました。
MVGの活動には、一般に募集する「オープンハイク」や「募集型ハイク」、個別に対応する「依頼ハイク」がありますが、それ以外にメンバーの経験と知識向上のために、月一回程度メンバーだけで歩く「自主研」があり、今回はその一つです。
この自主研では、私が初めてリーダーを務めることになったので、先輩たちから送ってもらった地図と資料をもとに、2月にひとりで、今月になってサブリーダーと共に下見を2回行い、当日に備えました。
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4月27日月曜日。
数日前から、天気予報の傘☔️マークがなかなか消えなくてヤキモキ。というのも、NHKの天気予報で、当日の降水確率が60%以上であれば、催行規定で中止になるのです。
そして朝7時前に放送された午前中の降水確率は60%。本来なら中止ですが、9時過ぎには雨も上がって晴れそうなので、先輩たちと相談して希望者で行うことにしました。
9:30 箕面駅前に集まったMVGメンバーは15名。事前には24名の参加予定だったので、意外に希望者が多くてびっくり。簡単に行程を説明して、出発しました。
(写真は当日以外に、下見の時に撮ったものも使っています)
箕面駅前をスタートして、ほぼ南へ向かい、服部天神駅がゴールです。
出発してすぐ、昨年までサンプラザという複合ビル(今は高層マンション建築中)があった西口に
この辺りを収めていた麻田藩の旗本が江戸時代に建てた①牧之荘道標がありました。今は、箕面市の郷土資料館に保管されているそうです。
(写真はネットから)
南に下り、西国街道と交差する角には、②高札場跡と大小の道標が残っています。
左道標の正面には「みのおみち」
右道標の正面には「👉大坂 四り半 はっとり 天神 二り」
他の面には、施主の名前などが刻印されています。
国道171号線を横断し、豊中市に入って野畑テニスコートを過ぎた先に
③報恩寺という浄土真宗のお寺があります。
この境内には、江戸時代に摂津国麻田藩(今の蛍池を中心とした地域)藩主青木家の屋敷が移築されています。
正面には「大虹陵」という大きな梁があり、富士と霞をあしらった蟇股(かえるまた)が当時のまま残っています。
下見の日にお願いしておいたので、この日は住職のご厚意で中を見学することができました。
三間もある広い式台を上がって、十二畳の広間へ。大きな襖の上には、豊中市の指定文化財の指定書が掲示されています。
書院には、立派な掛け軸が架けられ
親鸞聖人の絵が掛けられた広間もあります。
庭には、青木家の家紋「三つ盛り洲浜 (みつもりすはま)」の屋根瓦が残っていました。
千里川を渡り
中国道や大阪モノレールの高架を潜った先にあるのが
④上野西の道標です。明治時代に建てられ、役行者像や大峯山と刻印されています。
その先で、豊中亀岡線(通称ロマンチック街道)に合流して、南に進みます。次第に日差しが増して暑くなってきました。
>>>(後編)に続く
















