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晴走雨読な日々〜Days of Run & Books〜

晴れた日は山に登り街を走り、 雨の日は好きな音楽を聞きながら本を読む
そんな暮らしがいい!

箕面ボランティアガイド(MVG)として、新年最初のオープンハイクイベントに参加してきました。

 

1月13日祝日月曜日。

 

この日は、箕面萱野駅をスタートして、谷山尾根を上がり、しらみ地蔵を経由して、勝尾寺山門を目指し、勝尾寺園地から古山道を下りて、勝尾寺の大鳥居ゴールという、11kmの中級レベルのコースです

 

この日実際に歩いたコース。

 

9:20 いつものようにMVGだけ先に集合して、当日の段取りや注意事項を共有するブリーフィングを行います。登録ガイドは31名が参加し、これに研修生6名が加わりました。

 

この日のリーダーは一般参加が70人と予想して、10人ずつの7班体制を組んでくれました。今回私は写真係として、コース上でイベントブログ用の写真を撮る担当です。

 

昨年新しくできた箕面萱野駅に集合するイベントは先月に続き2回目です。段取りも慣れてきて、誘導もスムーズになってきました。

 

9:30過ぎに受付を始めると、瞬く間に30人ほどの参加者が集まり、各班のリーダーを中心に誘導します。

(この日は最終的に68名が参加され、ほぼリーダーの予想通りになりました。素晴らしい!)

 

受付が終わった班からスタート。私はとりあえず第2班の後に着いて、途中から班の間を移動することにしました。

 

ものの20分ほどで、白姫神社に到着。ここで班ごとに準備体操をするのですが、3つの班がほぼ同時に着いてしまったので、合同で体操をしました。その後に神社の謂れを簡単に解説します。

 

白姫神社の奥にある水神社まで登り

 

谷山尾根と名付けられた尾根道を進みます。

 

緩やかな登りが続き、陽も差してきて、ちょっと暖かい。

 

G3ポイントにある石の道標は、昔ここが勝尾寺に向かう巡礼道だったことを示すもの、という説明を班のリーダーが行います。

 

G21ポイントにある道標には、「右中山」「左大坂」と刻まれています。

 

しらみ地蔵に到着。なぜここに地蔵が置かれているのか?「しらみ」の由来は?、などガイドとして説明します。

 

昔に勝尾寺が栽培していたという茶の木が茂る急登を登れば

 

勝尾寺の前に到着。相変わらず平日でも人が多いですね。この日は境内に入らずに、勝尾寺園地に向かいます。

 

時刻は12:00過ぎ、暖かい陽がさす勝尾寺園地で昼食を摂りました。

 

再び勝尾寺前に戻り、下馬の石柱の横にある町石の説明。これが昔の参道の終点を示す言わばゼロ町石です。

 

ここから昔の参道を辿ります。まずは一町石。

 

二町石。天辺の五輪塔まで完全に残っているのは、この二つだけだそうです。

 

三町石から七町石まで。ここまでの8基が鎌倉時代に建てられ、あの高野山の町石より20年ほど古いものです。

 

その間には、勝尾寺の寺領境界を示す八天石蔵のひとつ、南の境界にあたる「軍荼利明王」の石蔵があります。八天とは?軍荼利明王って何?などの説明をします。

 

勝尾寺に向かう参道には、現在は旧参道と古参道という二つのルートがありますが、この日は古参道を降りて行きます。

 

古参道は尾根道で少しアップダウンがありますが、歩きやすい。

 

途中にある「対面石」。勝尾寺の前身である弥勒寺の座主・行巡が、法力で時の清和天皇の病を治したあと、天皇が行幸された時に対面した石(岩)とされますが、何の表示もないので見落としがちなのが残念。

 

ここからは、参道に残る町石を確認しながら進みます。

十町石、十七町石、(十九町石は見逃しました)、二十二町石

二十三町石、二十八町石、二十七町石(この辺り順番が逆転しています)

 

二十六町石、三十町石(帝釈寺の境内にあり)、三十二町石

三十四町石(私有地の中にあり)、三十五町石、三十六町石

 

ゴールは国道171号線の南、西国街道に面した大鳥居(ここが三十六町にあたる)です。予定では16:00前の予定でしたが、みなさん健脚揃いだったので、1時間も早く到着しました。お疲れ様でした。

 

全員が到着した後、最寄りのバス停を案内して解散。その後、ガイドメンバーで反省会を行いました。バスで帰るというメンバーと別れ、私は2km先の箕面萱野駅まで西国街道を走って戻ることに。

 

私も回を重ねるごとに慣れてきて、先輩ガイド達の仕草や説明の仕方、コースの確認などが頭に入る余裕が出てきました。来年度は独り立ちできるんでしょうか?