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晴走雨読な日々〜Days of Run & Books〜

晴れた日は山に登り街を走り、 雨の日は好きな音楽を聞きながら本を読む
そんな暮らしがいい!

役行者(えんのぎょうじゃ)に纏わる逸話や伝説は、日本全国に(特に近畿地方に多く)あります。私がボランティアガイド( MVG)をしている箕面も、とても縁のある場所ということをガイドになって初めて知りました。

 

そんな役行者と箕面との関わりをもっと深く知ろうということで、先日ガイドだけの自主研修会(座学)がありました。

 

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1月10日土曜日。参加したガイドは講師も含めて39名、MVG登録メンバーの半数以上という盛況ぶりでした。やはり皆さん、役行者には興味があるようですね。

 

講師は20年以上ガイドをされている、MVGの重鎮である I さん。彼は修験者(山伏)の資格を持つ人でもあるので、この日も100ページ近い資料を使って、解説していただきました。

 

講義の前には、同じ修験者の資格を持つAさんが、法螺貝を吹くという粋な演出がありました。

 

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役行者とは?

 

伝説の人なので色々な説がありますが、修験道の主流派である修験宗本山派で伝えられている内容に基づいての講義でした。その内容を一部紹介します。

 

飛鳥時代の634年1月1日(諸説あり)、大和の国茅原(現在の奈良県御所市茅原)の吉祥草寺(今も現存)に生まれ、6歳の時に役小角(えんのおづぬ)と改名。

 

幼い頃から神童の誉れが高く、遊びで仏塔を造ったりした。

 

12歳で伯父に師事して、仏法を学ぶ。

 

17歳で葛城・金剛山に入って修行した。更に19歳には大峰で修行。

 

21歳の時、髪切山(今の生駒山)で、前鬼と後鬼を弟子とし、その後、暗峠近くに慈光寺(東大阪市)を建てさせる。

 

658 年、25歳の時に箕面山に入り大滝周辺で修行。龍樹菩薩から灌頂を受け(秘技を伝授されて)、神通力を得た結果、箕面寺(現在の瀧安寺)を開山する。

 

その後、諸国を巡歴して様々な霊山霊峰を開く→これが全国に伝わる役行者の逸話になる。

 

金峯山で千日籠り、新たな霊感を会得する。

 

66歳の時に、弟子に法力を妬まれ、朝廷に訴えられて伊豆大島へ流刑となるが、2年後に罪を許されて都に帰る。(伊豆大島には行者窟が現存している)

 

701年6月7日、69歳で箕面山天上ヶ岳で昇天した。

 

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役行者に纏わる修験の場所としては、生駒山から和歌山の友ヶ島まで続く葛城・金剛山系と、那智大社から山上ヶ岳に連なる大峰山系があります。

 

また、箕面寺(現在の瀧安寺)の他にも、箕面駅に近い西行寺(さいこうじ)も役行者と深いつながりがあり、この寺の氏神である歓喜天と役行者が対談したと言われる「対談石」が残っています。

 

大峰山系には前鬼に関わる地名がいろいろあり、その子孫と言われる家系の人もいます。

 

修験者が修行する大峰奥駈道は、今や世界遺産の一つになっていますが、奈良時代に役行者によって始められたと伝わっています。実際には100km以上あり、最高峰は八経ヶ岳の1,494mです。この道を行者は5日間で踏破しますが、普通は8日間かかります。

 

修験道の流派はいろいろありますが、京都の聖護院門跡に連なる本山派と、真言宗に連なる当山派が中心で、それ以外では、東北の羽黒三山(羽黒山、月山、湯殿山)の羽黒修験、九州の英彦山の英彦山修験が有名です。

 

知れば知るほど謎が多い役行者の生涯。少しずつ知識を増やして、今後のガイド活動に活かしたいと思った日でした。