映画「関心領域」 | 晴走雨読な日々〜Days of Run & Books〜

晴走雨読な日々〜Days of Run & Books〜

晴れた日は山に登り街を走り、 雨の日は好きな音楽を聞きながら本を読む
そんな暮らしがいい!

変わったタイトルに興味を惹かれて、観に行ってきました。

 

観る前にちょっとだけ予習していきました。ホロコーストや強制労働で多くのユダヤ人たちを虐殺した、あのアウシュビッツ強制収容所の隣で暮らす、ドイツ人将校の家族の日常生活を描いたものです。でも、強制収容所での出来事は一切描かれず、スクリーンに映し出されるのは普通に穏やかで平和な日々です。

 

しかし、壁一つ隔てた収容所の様子は、建物から上がる煙や、時折聞こえてくる銃声や叫び声、家族の何気ない会話や視線、そしてどこからともなく伝わってくる気配から感じられます。

 

原題の”The Zone of Interest"(関心領域)とは、ナチスがアウシュビッツ収容所の周囲40k㎡ の地域を指すために使った言葉だそうです。(ドイツ語では Interessengebiet)

 

ドイツ人将校の名前は、収容所所長のルドルフ・ヘス。立派な邸宅と花壇やプールのある広い庭で、幸せそうに暮らす妻と子供達。壁の向こうから聞こえてくる音を聞きながら、(何が行われているか薄々は知っていても)それを気にもせず日々楽しげに過ごす彼らの神経は.....。

 

観ている我々は、そんな家族の姿に違和感や嫌悪感を感じつつも、翻って自分たちも都合の悪いことには目を瞑ったり耳を塞いだりしていないか、反面教師として考えさせられます。

 

オープニングの数分間は不穏な音楽と共に映像が一切流れず、映像トラブルか?と思いました。一転してヘス一家の明るい水遊びの場面に。何人もの女中を使って何不自由ない生活をする妻と、無邪気に遊ぶ5人の子供たち。

 

明るい場面の続く中で、時折収容所の中の断片が差し込まれています。ユダヤ人から奪った歯磨き粉の中からダイヤモンドを見つけたり、囚人から接収した毛皮のコートを試着する妻。処分された誰かの歯を持ち込んで無邪気に遊んでいる子供達。ヘスと子供たちが川で水遊びをしている時に灰と人骨が流れてきて、慌てて家に戻り必死に体を洗い流す姿。

 

邸宅を訪れた妻の母親が、夜に壁の向こうから聞こえてくる音に不安を感じて、何も言わずに帰ってしまうシーンは、そこでの日常生活がいかに「異常」なことかを暗に示してくれます。

 

しかしヘス自身も相当なプレシャーとストレスを抱えていたように、終盤には床に嘔吐する姿も描かれ、華やかな中にも人間としての根幹部分では良心との葛藤があったことを思わせる演出です。

 

誰かのレビューで、抽象画を観ているようだというコメントがありました。確かに途中には「これは何を表現(示唆)しようとしているんだろう?」という、すぐには監督の意図がつかめない描写がいくつかありました。(解説が欲しいと思いましたが、あとで他の人のレビューをみてやっと理解)

 

終盤には、現在のアウシュビッツ収容所の様子が映し出されます。大量の殺人が行われたガス室の床を清掃する人、靴の遺品が積み上げられた窓をショーケースのように磨く人。彼らは何を感じながら仕事をしているのか?それとも毎日のルーティンで何も感じなくなっているのか?

 

エンドロールに流れる音楽も、(それも監督の意図でしょうが)これ以上ないほど不快な気分にさせてくれます。何か気分転換しないとそのままでは家に帰れないほどでした。

 

ホロコーストを扱った映画はいっぱいありますが、この映画は虐殺を表現するのではなく、そういった出来事に無関心を装うことがいかに事態を深刻にさせるかという警告を含んだ、新しい形での反戦映画になっています。

 

追記

すぐ近くの座席で、無邪気にポプコーンを頬張る若者。音と匂いがこの映画のキモなのに、無神経な仕草にゲンナリしました。