今年中にぜひ観ておきたいと思っていた映画を、年末年始の段取りが一段落した日に観に行ってきました。
本当はもっと早くに観に行くつもりだったのですが、意外に人気があって、朝チェックした時は席が空いていたので劇場で買えばいいやと余裕で出かけたところ、(その日TVで紹介されたこともあって)あっという間に埋まってしまい、満席で諦めて帰ったといういわく付きの映画です。
言わずと知れた主演の役所広司が、今年のカンヌ映画祭の男優賞を受賞した作品です。
ヴィム・ベンダース監督の作品を観るのは、実はこれが初めてです。過去に様々な受賞歴があり、小津安二郎を敬愛し、日本にも馴染みのある世界的に有名な監督ですが、なかなか観る機会がありませんでした。
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役所広司演じるトイレ清掃員「平山」の一日は
近所の老女が道路を掃くほうきの音で目を覚まし
薄い布団を丁寧にたたみ
台所で歯を磨き
髭を剃り整える
霧吹きで植木に水をやり
仕事着に着替え
玄関でガラケーとカギと小銭を持って外に出る
空を見上げて微笑み(←この時の表情がとても良い!)
自販機で缶コーヒーを買い
車でカセットを聞きながら仕事場へ
仕事のトイレ掃除を黙々とこなし
昼休みに神社のベンチでサンドイッチと牛乳の昼食を済ませ
木漏れ日をフイルムカメラで撮る
家に帰り自転車に乗って、銭湯の一番風呂に浸り
駅地下にある馴染みの一杯飲み屋で酎ハイとつまみ
帰った後は文庫本を読みふけって眠る
休日は
作業着をコインランドリーで洗い
古本屋で1冊100円の文庫本を買う
DPE店で写真を受け取りフイルムを出し、代わりのフイルムを1本買いカメラに装填する
出来上がった写真を観て、気に入ったものだけ缶に入れて残りは破り捨てる
小料理屋で女将と話しながら一杯飲る
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何気ないルーティンの日々が繰り返し映し出され、前半は役所のセリフはほとんど無し。人から話しかけられても、微笑んだり目を丸めたり顰めっ面をしたりと、さりげない表情で返すのみ。こういうのを見ると、役所広司って上手いなぁとしみじみと思います。
(この辺りは、小津安二郎作品によく出演していた笠智衆を思い起こさせます)
東京の下町の風景が名監督の手にかかると、すごく素敵なものに変わります。近代的なスカイツリーとの対比も(狙ったものだろうけれど)絵になるのがいいですね。
トイレも普通の公園のトイレではなくて、渋谷区のあちこちに作られた有名デザイナーの手による”TOKYO TOILET"というおしゃれなトイレを取り上げたのも、殺風景な中にいろどりを添える感じで良かった。
一番感心したのは劇中の音楽の使い方。平山が仕事場に向かうカセットカーステレオから流れる曲は、1960年代から70年代の懐かしいものばかり。(リアルに聴いていたので、ほとんど耳馴染みがあります)
アニマルズ「朝日の当たる家」
オーティス・レディング「ドック・オブ・ベイ」
ルー・リード「パーフェクト・デイ」
パティ・スミス「レロンド・ビーチ」
ローリング・ストーンズ「めざめぬ街」
キンクス「サニー・アフタヌーン」
ニーナ・シモン「フィーリング・グッド」
など
これらが(歌詞も含めて)映し出される風景と、平山の感情とマッチした内容になっていて、よくこれだけ探し出せたなと感心しました。
(誰かのレビューで知りましたが、こういう曲を使う時は著作権の関係で膨大な費用がかかるはずですが、それをものともしないのはすごいというべきか)
音楽で言えば、劇中に小料理屋の女将を演じる石川さゆりが歌う、日本語歌詞の「朝日の当たる家」も良かった。往年の迫力は無いものの、こういうのをさらっと歌えるのはさすが。店でギター伴奏をしていたのが、あのあがた森魚というの意外でした。
そんな一見単調で平凡と思われる平山の生活にも、小さな波が押し寄せます。後半はそんな小さなエピソードが積み重ねられ、それらにちょっと揺さぶられながらも、最後はいつもの日常に戻って平穏な生活に戻る、そんなささやかな日が一番幸せなのかも、と思わせるエンディングでした。
この監督の特徴なんでしょうか、時々挟まれる木漏れ日と残像の重なりが心象風景を映し出していて、こういう編集をする人なんだと妙に感心してしまいました。
若手女優やさりげなくいろいろな有名俳優が出演していますが、中でも柄本時生演じるチャラ男がなかなかのハマリ役で面白かった。
観終わって何か清々しい気分になったのは、監督の技なのか、平山に共感したせいなのか、単に歳のせいなのか(笑)。一年の締めくくりに良い映画を観ることができました。
追記
たまに会うトイレ清掃員の人たちに、今度からは見て見ぬふりをせずに、素直に「ありがとうございます。」ということにします。