重い映画です.....。
あらすじ(映画.comより引用)
1955年、イリノイ州シカゴ。夫を戦争で亡くしたメイミー・ティルは、空軍で唯一の黒人女性職員として働きながら、14歳の息子エメットと平穏に暮らしていた。ある日、エメットは初めて生まれ故郷を離れ、ミシシッピ州マネーの親戚宅を訪れる。しかし彼は飲食雑貨店で白人女性キャロリンに向けて口笛を吹いたことで白人の怒りを買い、8月28日、白人集団に拉致されて凄惨なリンチの末に殺されてしまう。息子の変わり果てた姿と対面したメイミーは、この陰惨な事件を世間に知らしめるべく、ある大胆な行動を起こす。
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アメリカで実際に起きた「エメット・ティル暴行殺害事件」を劇映画化したものです。
私は大学のゼミでアメリカ政治史を専攻していたので、1950年代から1960年代のアメリカにおける黒人*差別問題は、ある程度理解しているつもりでした。
(*今は「黒人」というのは差別語として使われなくて、「アフリカ系アメリカ人」というのが一般的ですが、ここでは敢えてこの言葉を使います)
でも、この「エメット・ティル事件」は、不覚にも今まで知りませんでした。それがこの映画を観に行ってみようと思ったきっかけです。
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アメリカ北部の黒人家庭としたらかなり裕福な環境(家の内装や身につけている服装で分かります)で、何不自由なく暮らしていたティル母子。
夏休みに南部のミシシッピー州の親戚に行くことになったエメットに、(黒人差別が激しい場所だということを知っている)母親のメイミーは、くれぐれも白人とトラブルを起こさないように念押しをして、息子を送り出します。
ポスターに使われているのは、列車に乗り込む息子とハグするシーンで、結果として母親が生きた息子と接したのはこれが最後となってしまいます。
ある日白人が経営している食料品店で、レジの若い女性に軽い気持ちで「女優みたいにきれいだ」と言って口笛を吹いてしまったエメット。銃を持った白人女性に追いかけられ、親戚の家に閉じこもりますが、数日後の深夜に女性の友人である白人男性2人に誘拐され、納屋でリンチを受けます。(リンチのシーンは音だけで映像は無し)
数日後に川に浮いているエメットの遺体が見つかります。身体中に殴打の跡があり、歯は全て折られ、片目は抉られ、頭には銃弾が打ち込まれ、川に沈められたために、生前の姿が分からないほど腐敗変形した遺体がエメットと分かったのは、出発前に嵌めていた亡父の名前が刻印された指輪でした。
息子の悲報を知ったメイミーは、黒人運動指導者らの援助を受けて、ミシシッピー州で土葬されるのを未然に防ぎ、シカゴで遺体と対面しますが、変わり果てた息子の姿に涙も出ないほどのショックを受けます。
メイミーはこの事実を世間に知らしめすために、記者に写真を撮らせ、棺の中で息子の顔を出したまま葬儀を行いますが、この行為に対して「息子を見せ物にしている」など賛否両論が巻き起こります。また、黒人運動の指導者はこれを政治活動に利用しようとしたりして、それぞれの思惑が交錯します。
息子を殺害した白人2人はその後逮捕され、地元のミシシッピー州で裁判を受けます。黒人差別が激しかった当時、メイミーたちが泊まれる宿はなく、傍聴しようとする黒人たちに席はなく、後ろで立ったままでした。
しかも、裁判長は白人で、12人の陪審員はすべて中高年の白人という、今では考えられない構成。メイミーたちは必死に訴えますが、評決は当然のことながら無罪となり、容疑者たちは釈放されてしまいます。
(2人の容疑者のその後については、最後の字幕で衝撃的な事実が明かされます。)
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悲惨な内容の映画ですが、何と言っても主演で母親役のダニエル・デッドワイラーの演技が圧巻です。とにかく目力の演技が凄い!
変わり果てた息子の姿と対面した時の、泣き崩れることなく涙を抑えた表情。
周囲が止めるのを振り切って、息子の事件を世間に知ってもらおうと決意するときの姿。
裁判の中で、被告弁護人に「判別できないほど変わり果てた死体が、なぜ息子だと分かるのか?」と問われたときに、「小さい頃から触れてきた体は、たとえ変形しても母親として分かる」と涙を浮かべながら反論する姿。(当時検死解剖はされず、指輪は確証として認められなかったそうです)
祖母役をあのウーピー・ゴールドバーグが演じているのも、見所です。もう結構な年齢ですが、抑えた演技がすばらしい。
この事件を受けて、黒人をはじめとする有色人種に平等な地位を保障する公民権運動が高まり、その後いくつかの変遷を経て、1964年に公民権法が成立します。しかし、法律が成立しても差別がなくなる訳ではなく、つい最近でもBLM(Black Lives Matter)という差別撤廃運動が起きたのは記憶に新しいですね。
もっと驚くことに、人種差別に基づくリンチを合衆国として禁止する「反リンチ法」が成立したのは、つい最近の2022年3月のことだそうです(!)。この映画は、この法律を制定するきっかけとなった「エメット・ティル事件」をアメリカ国内だけでなく、広く世界に知ってもらうために製作されたものですね。
流行りのアクション・エンターテイメント物やラブコメ風ではなく、重いテーマを扱っていて、(映像ではかなり抑えたシーンでの)凄惨な遺体の映像もあり、観るのを躊躇してしまうかもしれません。テーマがテーマなので、上映している映画館が少ないのが難ですが、アメリカの黒歴史の一部を知るためにも是非観てもらいたい映画です。