小説「国宝」 | 晴走雨読な日々〜Days of Run & Books〜

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いろんなブックレビューで絶賛されていたので、ちょっと興味をそそられて、今まで読んだことのなかった吉田修一の小説を読んでみました。

 

 

小説のタイトル「国宝」というのは、建物や絵画のことではなく、「人間『国宝』」のことです。あらすじをざっと言ってしまえば、極道の家に生まれた男が、歌舞伎役者の女形として波乱万丈の生涯を送り、晩年に「人間国宝」に推挙されるという物語。

 

上下二分冊に分かれ、上巻は「青春編」として主に修行時代のことが書かれ、下巻は「花道編」として役者として精進する様が書かれています。

 

まず、主人公の設定がいいですね。長崎の任侠一家の息子が、父親が主催する新年会の席で踊りを披露した直後に、対立する暴力団に襲撃され、目の前でその父親が殺されるという衝撃的な場面で始まります。

 

舞踊の素質があった主人公の立花喜久雄は、その後大阪の歌舞伎役者の家に住み込み修行をすることになり、そこの嫡男との確執を経て、お互いを切磋琢磨しながら、やがて歌舞伎の女形のとして評判になっていきます。

 

日本の高度成長期を背景に、歌舞伎の名門でない出自の主人公が、成長する過程で遭遇する信頼と裏切り。本人や周りの人々の事件やスキャンダルに巻き込まれ、舞台だけでなく、映画やテレビの隆盛を経て、スポットライトを浴びるかと思えば絶望の淵に落とされるという、ジェットコースターのような人生を送った役者の生き様が描かれています。

 

当然のことですが、歌舞伎の舞台場面が多く、有名な演目が解説付きで書かれていて、歌舞伎に興味がない人でもわかりやすいように工夫されています。演目の描写も、演者の指先からつま先に至る細かい仕草の意味や、目線・首の傾げ方、足運びの違い、台詞の抑揚など、歌舞伎に詳しい人にも納得させる表現が施されています。

 

作者は中村鴈治郎に付いて、黒衣として200演目を超える舞台を経験したそうです。そこで見聞きしたり体感したのは、表舞台だけでなく、舞台袖の模様や楽屋の空気、東京の歌舞伎座や京都の南座での客席や開演前のロビーの様子、果ては襲名披露の舞台裏までに渡り、その経験が見事な文章になり、読む者に鮮やかな映像となって映ります。これは歌舞伎ファンには堪らない至福の時間ですね。

 

登場人物のキャラクター描写ももちろんですが、この小説の一番の特徴は、語りの部分が「講談」になっていること。これが文章にリズムを生んで読み易くしており、歌舞伎という世界の雰囲気にとても良く合っています。

 

上下巻を一気読みしました。創作とは言え、歌舞伎界や芸能事務所のウラ側がワイドショー並みに興味深く書かれていて、登場人物の個性と相まって読むのを止められませんでした。時に舞台描写にうっとりしたり、時に目頭が熱くなる場面に遭遇したり、最近読んだ中では出色の小説です。

 

歌舞伎に興味がなくても、ひとりの役者バカの半生記として十分読み応えがあります。また、読むと歌舞伎を観てみたくなる、そんな魅力に溢れた本でした。