実は受傷後、手術前から日記を書いていた。
苦境を乗り越えることで以後の自分の人生への教訓として役立てようと思って。
ところが。
いざ手術から治療の日々が始まると、想像以上に深刻な状況や
コントロールできないネガティブなメンタルに陥りその想いも変わっていった。
ある日の日記原文
きっとこのケガは神からの戒め。
あの転落事故・・・頭から落ちずに偶然に肩から落ちた。
命は取られなかった。
俺はきっとこの程度で許してもらえたのだ。
守るべきものがあるから?
いや、「お前にはまだまだ、学ぶべきことがある。やるべきことがある」という事だろう。
贅沢に偉そうに生きてきた。
朝目が覚めて、右手で体を支え起き上がり、右手で歯を磨き、顔を洗い・・・タイトな服の袖に手を通し着替え、右手でドアを開けカギを締めて出掛ける。
こんな平凡な日常動作。考えたこともなかった。
こんな平凡な日常動作、今の俺は出来ない。
当たり前のことと思っていた事、
その全てが当たり前じゃない。
どころか今の俺は、
箸も使えない。字も書けない。いつも痛くて笑えない。薬がなきゃ生きられない。
それが普通に出来るようになるだけで
笑えるようになるだけで…
それだけで、本当は有り余るほど幸せなんだ。
人と競ったり、上を目指したり、もっといいことを探したり・・・そんな風に生きてきた。
拾い物の命。許された命だ。
ご自身や大切な人がそれさえ叶わない人。
たくさんいる。
もし日常復帰ができて自分の事、最低限の事が出来るようになったら、
そんな余裕があるなら、
もうこれからは、
困ったいる人、苦しんでいる人、
助けが必要な人に何か出来る事があるはず。
他人の心に寄り添って、
手を差し伸べる事ができるはず、
こんな俺でも何か人の役に立てることがあるはず。
感謝して生きなきゃ。
そういう生き方を選びたい。
こう綴ってあった。
ブログを始めたのは、
もし同じような治療に苦しんでいる人がいたら、不安を和らげたり経験を伝えることができる。
先ずはそれから。
そう思ったから。