ビクトル・エリセ、83歳。
1973年の長編第1作『ミツバチのささやき』は映画史上の名作と称され、第2作『エル・スール』もまた世界から絶賛。スペインを代表する巨匠となったが、同時に彼は寡作の作家としても知られた。
『エル・スール』を発表したのは『ミツバチのささやき』から10年後の1983年。第3作『マルメロの陽光』は、さらに約10年を経た1992年の製作といった具合に、巧遅の歩みで作品を生みつづけた彼は、しかし『マルメロの陽光』以降は長編映画を撮ることがなかった。
それから31年――。
あまりにも長い沈黙を破り、彼は4作目となる新作長編『瞳をとじて』をついに撮影した。
そしてその空白だった時間と向き合うかのように、彼はこの作品で“失われた時間”について描きだす。
この映画があらわにするのは、老いること、時を経ることの、残酷なまでの現実だ。
時が流れ、人はさまざまなものを失う。大切な人たちとか、恋愛や仕事に打ち込む、満ち足りた日々とか。
この映画はそうしたものを失い、老境を生きる主人公たちに対し、安易な救いの手を差しのべない。
エリセは『瞳をとじて』の中で、老いることの無残さを描いた。一方で、そこに希望の余地も残した。
現実には奇跡など起きないのかもしれない。しかし奇跡を信じて生きぬくことはできる。
これは映画がもたらす奇跡以外のなにものでもない。
エリセはつまり描きたかったのだろう。映画を通じて人生を、人生を通じて映画を。
門間 雄介