虎パパになって21年目!ひとつひとつが宝物

虎パパになって21年目!ひとつひとつが宝物

30才でパパになって21年目
阪神タイガースとBarで過ごす時間が大好物な右耳難聴者。長男は少年野球、中学軟式野球、高校球児を完走して大学ライフへ。かけがえのない子どもと過ごしてきた時間、大好きな居場所や音楽。大切な想いをこのブログに。

愛着のあるものとのお別れは、唐突で。

そして、なぜか同じようなことは、続くもので。


大好きなレストランが、この春で閉店することに。


マスターからその事を聞いたのは、去年の11月に訪れた日に。


いつものように、ワインをしこたま飲んでいたこともあったから、それを聞いて、とめどなく涙を流して泣いてしまった。

まったく、迷惑な客だ。


なんとなく、閉店する方向で行くかもとは夏頃から聞いていたけれど、時期が決まった事を聞いて、本当に無くなってしまうことが、とにかく悲しかった。

なんとか続いて欲しかった。


でも、そんな願いは勝手なこと。

お店を営むマスターとパートナーのふたりが決めたこと。


本当に素敵なお店で、居心地が良くて、ひとりで、家族で、何度も訪れた。


ソムリエのマスターが選ぶ、その時々のワインがとても美味しくて、いつ行っても、その時その時に登場するワインの香りに、味わいに感動した。











イタリア地中海に思いを馳せた、優しくてオーガニックで、骨太な料理が大好きだった。










このお店に来るたびに、鎌倉の街中を歩きまくって、寺社を、海岸を、ハイキングコースを、名所をたくさん訪れた。



鎌倉の緑や樹々

かつての生活道

歴史ある神社やお寺を拝観した時の感動

お母さんとのふたり旅

そして息子とのドライブ旅















世知辛いことが続いて心折れそうなとき、鎌倉に残る自然やかつての旧道や歴史ある寺社を訪れて、心洗われる時間をたくさん過ごすことができて、なんとか日常を泳ぎ切る力をもらえた。


愛着が湧くということは、時間をかけて、不思議な縁を感じながら、いろんな思いが積み重なって、出来上がるもの。


そんな愛着がある場所や人と会えなくなるのは、こんなに悲しいことなんだ。


出会えたことは、とても幸運であること。

そして、出会いがあれば別れがあること。

それは、このブログを綴っていても感じていたこと。


さようならの最後の日まで、この大好きな場所で過ごせることができる幸せを、

大好きな音楽家 LOVE PSYCHEDELICOに出会えた幸せを、噛みしめよう。

さいわい、手元にはたくさんの作品があるから、これからも大切に聴いていこう。


あぁ、それでもなんでも、この悲しさをしばらく抱えながら、

きっと、またいつか、どこかで会える、その日を夢見て







私は"LOVE PSYCHEDELICO"の25年来のファンです。




ボーカルのKumiさんと、ギターのNaokiさんのデュオで、00年にデビューして、25周年を迎える日本のミュージシャン。


ふたりの音楽がとても大好き。


LOVE PSYCHEDELICOの音楽には、リズムやビートやメロディにどこか懐かしさがあって、ギターの聴かせどころのキラーメロディがカッコよくて、それがいつもどんな時も、自分にしっくりときて。


やるせない悲しみ

生きていることの辛さ

弱くて何かに疲れている自分

突発的に判断を迫られる日常

いつも視界が見通せないような不安にいる自分


歌詞の中の主人公は、時に励ましてくれたり、一緒に泣いてくれたり。


ファンクラブにも入っていて、ライヴにもたくさん行った。


初めてのライヴは、今はないSHIBUYA-AX

16年前!!!


LOVE PSYCHEDELICOのふたりが、バンドセットで本当に歌っている!

ライヴハウスの最高の音響設備の中で、生音で、たくさんの観客と一緒に大好きなうたを聴くことができる幸せ


あぁ、これこそが幸せのひとつの形なんだ。


誰がなんと言おうと、一生懸命働いて生きてきた、自分へのご褒美という言葉の意味を知りました。


それから、ライヴに何回行ったことか。

いつかのアコースティックライヴでは、生きていることの歓びに包まれたライヴで、号泣したっけ。




レコードで聴く音楽の素晴らしさを教えてくれたのも、LOVE PSYCHEDELICOから。




そんな、大好きなLOVE PSYCHEDELICOがデビュー25周年を期に、活動休止をすることに。


日曜日夜の、ふたりがDJをやっているラジオ番組では、一言も活動休止に触れなくて、その日は番組のメッセージテーマに応募した私の投稿が番組で採用されて、エピソードを番組で紹介してくれて、うれしくて何度もradikoで、繰り返し番組のアーカイブを聞いていた。


そうしていたら、何気なくタップしたスマホのXアプリのポストに、LOVE PSYCHEDELICO活動休止の投稿が。


その瞬間は、空気が凍りつくような感覚だった。


数少ない愛着のあるものとのお別れは、いつも唐突で。

そして、なぜか、同じようなことは続くのだ。


つづく

うちの子どもは、今月、誕生日を迎えて20歳に。

晴れて堂々とお酒を嗜む年齢に。

私のハンドルネームも、"虎パパは21年目"に更新


誕生日に、家族でケーキと手巻き寿司でお祝いを。


右のグラスが、この日のために、私から息子へ贈ったグラス

左のグラスが、いつかの私の誕生日に息子が私にプレゼントしてくれたグラス


息子がはたちになったら、ふたりでお酒を飲むことが、父親になってからの私の夢だった。



20歳になるまで、お酒は飲まないと決めていた息子


1月の成人の集いの後に参加したクラス会では、かつてのクラスメイトが、当たり前のようにお酒を飲み交わすなか、まだ19歳だったうちの子どもは、頑なにノンアルコール飲料で通してきて帰ってきた。


面白おかしくルールを破って、何かを失うことは絶対にしたくない。

それから、酔っ払いにはなりたくない。

息子の中で変わらない意識。


いつか、私が泥酔して、家の1階の廊下で半裸で寝っ転がっていたのを目にしたことも、少なからず影響しているようだ。。。


息子が高校生だった時、息子が出場した野球部の試合を応援しに行って、試合後の祝勝会と称して、チームメイトのお父さんたちと、お店をはしごして日本酒を飲みまくったのがいけなかった。。。


息子よ、(泥酔した)私は嫌いになっても、お酒は嫌いにならないで。

40代最後の夏

と、書いてみてびっくりする。


そうだ、40代最後の夏だ。

だからと言って特別に何かするわけではないけど。


右耳の突発性難聴で入院してから6年

クロス補聴器の生活にだいぶ慣れた。

右耳の耳鳴りが時折、すごく煩わしい。

老眼が進み、老眼鏡を購入。

毎朝感じる、疲労感がすごい。

目の奥が冷たくて、頭がスポンジのよう。やばい。

毎朝5時に必ず目が覚める。

もっと寝ていたいのに。


何かに抗らうかのように、頑なに自転車通勤を続けている。

職場に着く頃は汗だく。

更衣室で着ているもの全部脱いで、汗拭きシートを何枚も使って、職場着に着替えてデスクに向かう。

毎日、黒酢を炭酸水で割って飲んでいる。

もはや味に慣れてしまって、ビールを飲まなくなった。

体重はなかなか減らない。

ここ10年、健診の血液検査結果はドロドロの要医療判定。


せめて、たまに

美味しいワインと大好きなものを気ままにわがままに、食べたいだけ飲みたいだけ味わえる身体を維持したい。

それが目下の目標。


ある日の夜

妻も息子も飲み会が予定されて、ひとり夕飯を摂ることになった。


あー

ならば、念願だった

いつか行きたかった

夕食を鎌倉の大好きなレストランで


夕方の扇ガ谷

夕陽に見惚れた。



時間は遡って

寿福寺

緑が微笑ましくて美しい




足を延ばして光明寺


見惚れる大聖閣






吹き抜ける風が気持ちいい





材木座海岸へ

由比ヶ浜海岸まで、裸足でひたすら海岸線を歩く。


大船で銭湯♨️に寄って汗を流してから、

いざ念願のレストラン

"料理とワインと、con Giglio"


開店2周年のお祝いの花束を持って

おめでとう。



前菜はトリッパ

大好き


自家製ベーコンときのこ、季節の鎌倉野菜たち


信玄鶏のソテー

芳しいぱりぱり、そしてジューシー


イタリア エミリアロマーニャのロゼワインをボトルで

ひとり、頭の中でロゼワインの香り、味わいを言葉にしていく。

口に出していなくても、完全に危ない酔っ払いおじさん。

そんな時間がありがたい。


美味しいものを美味しくいただける。

本当にありがたい。

節制と小遣いを節約してきた甲斐があった。

マスター、ありがとう。


また、いつか

マスターとパートナーのふたりに会いに

美味しいものを、美味しくいただける歓びを噛み締めに。

うちの子どもは大学一年生

誕生日を迎えて19歳に。


おめでとう。

ありがとう。

こんなに大きくなってくれて。


いよいよ来年は20歳。

だから、私のハンドルネームも"虎パパは20年目"に更新



小学校1年生

夏休みの課題の日記

福島 スパリゾートハワイアンズに行った時のことを書いたもの




初めてヘアーカット用のハサミで散髪したら、とんでもなく虎刈りになってしまった。

やっちまったーと青くなったけど、本人は「ぜんぜん大丈夫」とあっけらかんとしてたっけ。



小学2年生の夏

虫取り網を持って駆けていく後ろ姿



10年後

高校球児として、キャプテンとして、千葉マリンスタジアムで、たくさんの声援の中、野球を全うできた息子を見届けて。


想像だにしなかった生活。

ここまで来られて良かった。よく頑張った。

ありがとう。

だからこそ、これからの姿を見守っていけるよう、ひとつひとつを大事にしたい。


2024.12.13
Rei "JAM! JAM! JAM!" at BLUE NOTE TOKYO

大好きなシンガーソングライターで、ギタリストのReiが、毎年12月にブルーノート東京で開催しているライヴ。

2021年から始まって、今年で4回目
今回も参加することができて、うれしかった。




ブルーノート東京では、Bartenderが出演者をイメージして創作したオリジナルカクテルがメニューに並んで、それをいただくのもライヴでの楽しみのひとつ。




オープニングは"Spy Baby"

艶やかで情感たっぷり

Reiならではの物語感が好き

この曲と、ブルーノート東京の空間の雰囲気ととても合っていて、とっても素敵だった。








"eutopia"も歌ってくれた。



 いろんな経験や出会いを重ねる日々の中で、自分を守ってくれたり、助けになった大事な存在や思い出を、まるで大事に包んで少し高いところに浮かべて眺めるようにした、そんな歌を想いを込めて歌う Reiが素敵だった。


初めてブルーノート東京でライヴを、Reiの公演で体感してから、ミュージシャンの音楽を、ただただ純粋にライヴでひたすら楽しむことができるブルーノート東京のライヴ空間に魅了された。

以来、いろんなミュージシャンのライヴを、ブルーノート東京で体感する事ができた。


渡辺貞夫さん

日野皓正さん

NakamuraEmiさん

夏木マリさん

矢野顕子さん


時には母と一緒にブルーノート東京へ行ったり。


Reiのおかげで、素敵な音楽体験ができて、親孝行もできた。ありがとう。



2025.2.9

Rei 10th Anniversary Live 2025 

"BLU CROSSROAD" at LINE CUBE SHIBUYA



日曜日の夕方

近くのうどん屋さんで早めの夕飯を摂って腹ごしらえ

喜び勇んで、ものすごく人が多い渋谷の道々をぬって渋谷公会堂へ。


開演前にピンバッジを購入



席は最前列のほぼ真ん中

どひぇー



細野晴臣さんの曲がBGMでかかっているのを聞きながら開演を待つと、"POMELOが流れてきていよいよ開演。




"Heaven"

真船勝博さんのウッドベース、ベースギターの低音がたまらない


"eutopia"

ブルーノート東京での演奏は涙色

渋谷公会堂での演奏は、10年間の時間を慈しむように、渋谷公会堂の大観衆の前で堂々と。

Reiと小田朋美さんとのハーモニーも新鮮で素敵だった。


"COCOA"

手を振りながらサビを会場みんなで歌って気持ちよかった。

伊藤大地さんの太くて熱いドラムが冴え渡る。


"Categorizing Me"

ブルーノート東京でも聴いてきたこの曲

TAIHEIさんが奏でる電子ピアノのアレンジが、壮大で力強くて、Reiの叫びのギターソロに向かうまでの昂ぶりを表現しているようで。


"DANCE DANCE"

大好きな大好きな曲

記念のライヴで聴くことができて、とてもうれしかった。




踊り子のように扇動的で蠱惑的な歌声

圧巻のギターの音色

Reiの魅力がつまっていて大好きな曲


19曲

濃密で忘れられない2時間半

終始、解放された笑顔だったRei


最後のギターのインストゥルメンタル

"before sunrise"




Reiのギターには、ギターと共に過ごした長い長い時間と、Reiのバックボーンを築いたBLUESの歴史が感じられる。


Reiの音楽に出会えて、本当に良かった。

Reiとコラボレーションするミュージシャンを追って、私の音楽体験も行動範囲も広がった。


Reiへありがとうと言いたい。


明日を迎えることが憂鬱な時

今日を乗り切ることだけで、精一杯な時


理不尽から逃げてもいい

自分の大切なもの、好きなものを守ること

大好きなものを大好きだと言えることの大事さ、尊さ

Reiのメッセージ、音楽に励まされてきた。



これからもReiを通して出会ったミュージシャンを追って、ジャズ喫茶やライヴハウスで、素敵な音楽に出会おう。

Reiが奏でる音楽から、素敵な景色をいっぱい見よう。







今年一年を写真で振り返る。

そんな中に、子どもの高校3年間、作り続けたお弁当たちの、最後のお弁当がこれ。


最後のお弁当

しゃけ弁、豚肉の生姜焼き、卵焼き

生姜焼きは、玉ねぎをたくさんにして、タモリさんのレシピを参考に。



いちばん最初に作ったお弁当

豚肉でチーズと紫蘇の肉巻きフライ、春雨サラダ、さつまいもの甘露煮(イトーヨーカドーで購入)

料理本から、チーズと肉は栄養のバランスが良いことを知って、作ろうと決めた。

たくさん作ったなぁ。



3年間のお弁当たちの中で、

よく作った得意メニュー 5選


鶏肉ささみとカニカマの天ぷら、卵焼き、ブロッコリーの塩茹で

疲労回復には、鶏のささみが良いのと、塩味を効かせた天ぷらが好評だった。



ひとくちカツ、卵焼き

トンカツ用の豚肉を小さく切ってパン粉につけて揚げたなー

火の通りが良くて、美味しいので、よく作った。



豚肉と野菜の中華煮(Cook Doにはお世話になりました)、卵焼き

Cook Doの調味料は大変重宝した。

麻婆豆腐、中華煮、広東風あんかけ、回鍋肉

夕飯とお弁当のおかず兼用で、たくさん作ったり。



鶏の唐揚げ、茹でアスパラガス、プチトマト、厚揚げの生姜醤油炒め

鶏の唐揚げはテッパンのおかずだったな。



エビフライ、卵焼き、麻婆豆腐(夕飯を多めに作っておいたもの)

冷凍のフライも重宝した。

白身の魚フライ、コロッケ、エビフライ


ふりかけは、男梅ふりかけがうちの定番だった。


早起きが大変だったけど、作るのは楽しかった。

4時半から始まる、ニッポン放送の上柳昌彦アナウンサーの"あさぼらけ"を聴きながら、そして金曜日はJ-wave ジョン カビラさんナビゲートの"JK Radio Tokyo United"を聴きながら。


お弁当を作って、息子を送り出した後は、必ず30分仮眠したっけ。


今年の始めまで、お弁当を作ってたのが、信じられない。

こうして作り続けたお弁当たちを、並べて見返せて、なんだかうれしい。


私に向かってGood Job!

なんてことはない1日

だけど、いつか思い出しては、生きてく糧になる1日


うちの子どもは大学1年生

免許を取ってもうすぐ1年

若葉マークはとっくに取り外せるけど、未だに付けたまま

車の運転の練習を兼ねて、鎌倉へ行ってみない?とダメもとで誘ってみたら、いいよとの返事


私は助手席でドキドキしながら、うちの子どもの運転で高速道路で、いざ鎌倉へ


浦安、お台場、品川、羽田空港を経て、




順調に飛ばす高速道路

朝比奈ICで高速道路を降りると、急に鎌倉の山道に入って、息子は悪戦苦闘

鎌倉市街に入ると入り乱れる歩行者、自転車、細い道の対向車をかいくぐって、狭い駐車場に空いていた一台分のスペースに停めることができた。


はぁー、よくここまで来た。


ホッとして、よく運転できたと誉めて、外に出て鎌倉の空気を吸い込む。


息子とふたり

寿福寺、北条政子様のお墓を詣でる。





やっと紅葉が見えてきた木々を眺め、心が洗われた。

「なんかここの空気を吸っていたら、体調が良くなった気がする」

息子の意外な感想が、なんだかうれしかった。


お昼は鎌倉 扇ガ谷

「料理とワインと、con Giglio」へ


鎌倉野菜のバーニャカウダ


ミートローフ


前菜プレート


ワインはロゼを、私だけ頂く

ありがとう、息子よ




白はカナダ

グレイトホワイトノース2019

まるでピーティな香り、素晴らしい風味

このワイナリーは、気候変動のためにワイン栽培を断念してしまったことが本当に悲しいと、お店の方が教えてくれた。


帰りに銭洗弁財天へ



お金を洗い、ここに息子と来ることができた、叶ったことを、お参りして報告できた。


帰りの高速道路



往復3時間のドライブ

とてもありがたい何気ない日曜日

9月になって、朝夕に風が吹くようになって、幾分過ごしやすくなってきて、蝉の声が聞こえなくなってきた。
夏が過ぎて行こうとしている。
家族と一緒に過ごした、大切にしたい場所で過ごした夏休み。

千葉 白浜 野島崎灯台へ


自動車の運転免許を取得したばかりの長男が運転する車で向かう。
どきどきの高速道路入口から合流車線へ
そして加速する初心者マーク🔰の車
緊張する車中
だけど緊張も束の間、あとは快適なドライブだった。

長男が1歳の頃に初めて泊まりに来た旅館




18年間、通った旅館

女将もスタッフの皆さんも、18年を経ても、こうして迎えてくれることのありがたさ


長男が20歳の成人式を迎えるまで、元気でいたいと言ってくれた、旅館のおばちゃん。


また来年、元気に来れるように。


今日は母の日
母とふたり、鎌倉日帰り小旅行

光明寺

人であふれる鎌倉駅からバスで光明寺へ

途中、材木座海岸でたくさん人が降りていって、日差しがふりしきる海辺へ


広い門前の広場

重厚な作りの門構えが素晴らしい






緑が映え、水辺が涼やか

離れの大聖閣が輝いてみえる


光明寺の裏手の展望台に上がってみた



見事な富士山の姿

白波が立つ材木座海岸

地元の人が、今日は風が吹いて靄が晴れて視界が良いから、こんなに富士山が見えるのだと教えてくれた



門の造りが素晴らしくて、母と何度も見上げた

ここに来ることができて、本当に良かった


光明寺は、母の思い出の場所

何気ない会話で、自分が鎌倉によく行くことを話したら、鎌倉は母が若い頃に避暑に行っていた思い出の地だったことを知る


風薫るいい季節に鎌倉に、母と行くことができて、本当に良かった。

また行きたい。