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Mr.Bean's Holiday 2007 英
監督 スティーブ・ベンデラック

Click-the-movies#-notitle0379.jpg カンッヌ!

Mr.ビーン劇場版・第二作。
教会のくじ引きでややイカサマ的に、フランス・カンヌ一週間旅行+ビデオカメラを頂戴したMr.ビーン。
いざフランス、いざカンヌへ!
旅費も貰って至れり尽くせりの、楽しい休暇の筈であったが…。

Click-the-movies#-notitle0378.jpg 「ぶえー、まぢーや。」フランス料理に耐え忍ぶイギリス紳士の図―引用、悪魔の辞典。

【豆にして豆にあらず】

二作目の今回、前作とはだいぶ異なったカラーである。

まずMr.ビーンが良く喋ると言う事、そして周囲を振り回して行く筈のビーンが、逆に振り回されてしまうのだった。

Click-the-movies#-notitle0376.jpg 子供vs子供。

ステパンである。
この迷子の介入によって、ビーンは大人にならざるを得なくなった。
迷子にしたのは当のビーンなのだが、ステパンの面倒を見る事を初めは嫌がっていた。
勿論、自分の旅行プランがおしゃかになったからである。

Click-the-movies#-notitle0385.jpg カンヌ途中下車の旅。

だがステパンの深刻な顔を見るにつれ、彼を守る決意をするのだった。

Click-the-movies#-notitle0382.jpg 君のためなら三千里。

ステパンとはぐれるとそれはもう必死に探し回るし、腹が減ったと言われれば大道芸をしてでも稼いだ。
驚くべき豆の父性、逆境がビーンを強くするのであった。

Click-the-movies#-notitle0383.jpg カンヌはすぐそこ♪

しかしステパンの両親が居るカンヌに無事着けそうだったり、面白すぎる状況に遭遇するといつものビーンに戻る。
水で戻る何かみたいである。

あまりMr.ビーンらしくはないが、一つのロードムービーとして見ると最高の作品。
特にカンヌに着いてからの騒動は「あぁロードムービーってこれだよ…これ。」ってな具合にとても痺れる締めなのだ。

Click-the-movies#-notitle0392.jpg 感動した!

劇中劇のplayback time、ブラウンバニーのパロディだろうか。だったら良いのに。
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Bean 1997 英・米
監督 メル・スミス

Click-the-movies#-notitle0393.jpg 「日本文化への誤解」―地球の歩き方より引用。

イギリスITV発、Mr.ビーン劇場版。
イギリス、オルセー美術館のお荷物警備員のビーン。
クビにしようにも彼は会長のお気に入りである。手出しが出来ない。だがなんとかしたい。
そこでだ。手が駄目ならば足を出せ!
…と言う訳で、ビーンはケツを蹴られる形でアメリカはロサンゼルスの美術館へと飛ばされる。
かくして警備員、偽博士として送り込まれる、の巻。

Click-the-movies#-notitle0394.jpg 悪い子は…。
Click-the-movies#-notitle0386.jpg 最初から居なかったんだよ。

【最後までコケにされるヤンキー】

Click-the-movies#-notitle0373.jpg これがファムファタールだ!

ホイッスラーの「母の肖像」ミーツ・ビーンにより事件は雪だるま式に大きくなっていくのだが、その過程でヤンキーはケチョンケチョンに馬鹿にされていく。

イギリスはたとえ合作でもヤンキーを一切容赦しなかった。
敵に回したくない恐ろしさである。
本当にイギリスは怖い所なのだ。

Click-the-movies#-notitle0397.jpg 豆による惨たらしい犯罪の痕跡。

アメリカ人画家ホイッスラーの作品「母の肖像」、これをアメリカはイギリスに大枚はたいて買い戻し、美術関係者はヤッタゾーってなもんである。
そこで「母の肖像」お披露目会の解説者として招かれた専門家が、ビーンであった。
本当にひどい馬鹿にされようである。

Click-the-movies#-notitle0396.jpg 前衛的なシンナーペインティング。

テレビシリーズのMr.ビーンをベースに作られていて、ゲロ風船ほかエグイネタ満載でお送りする。
劇中さまざまなシーンに、ビートルズの楽曲が盛り込まれているのも楽しい。

Click-the-movies#-notitle0372.jpg ホイッスラー「白の少女」

ところで、もしローワン・アトキンソンがサイレント時代に活躍していたらどうなっていただろう。
日本では豆とされるのだろうか。
陽気なお豆さんとか、お気楽豆紳士とか。

看板に「主演:豆」とあったら立ち尽くすしかない。
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Being there 米 1979
監督 ハル・アシュビー

Click-the-movies#-notitle0366.jpg テレビっ子世に語りき。

今朝、主が死んだ。
子供時代から年老いた今までを、主の屋敷で庭師をしてきた。読み書きは知らず、ただ草木と会話する日々だった。
チャンスはこの何十年もの間、決して外へ出しては貰えなかった。
だが今日、主は死んだ。
チャンスは屋敷を離れねばならない。
彼はドアを開けた。

Click-the-movies#-notitle0364.jpg ええとこの庭師。

【部屋とワイシャツを捨てた】

この映画の原作は、ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」を下敷きにしているらしく、主人公チャンスもまた、その精神的な超人ぶりを引き継いでいる。

ところが私はニーチェにもツァラトゥストラにも今の所興味が無いので、未読である。
なので映画を見た際にも、ただキリスト教的な含みを持った映画だと思っていた。

Click-the-movies#-notitle0367.jpg ゴッド庭師。

【ツァラトゥストラは舌を噛む】

哲学は難しい。

憂鬱になるし、眉間にはやたらとシワがより、ふんばる事によって便意をも促される。
哲学は時として自分自身を傷つけてしまう。恐ろしい。

しかし私たちは、考えずにはいられない。
明日の昼飯から時には生き死にまで、悩み考えながら生きている。

この映画は、日常において私たちが考え過ぎの無間地獄に陥った場合の、蜘蛛の糸とも言うべき存分だ。

劇中、悩める人々の安らぎとしてチャンスが居た様に、私たちには映画がある。

Click-the-movies#-notitle0369.jpg ニーチェの本体は髭だろう。

【庭師への憧憬】

庭師を好意的に描いた映画は結構な数だ。

そんな彼ら庭師は絶対に、ヒステリックに喚いたりしないし、勢い草木を引っこ抜いたりもしない。

常に平穏に忠実で、私は虚構の中の庭師達に、神や仙人と言った者の姿を見つける。

佐々木のじいさん然り、チャンス然りである。

対話する事、考える事。
いつか自分の中に庭師を見つけられるといいのだが。

Click-the-movies#-notitle0371.jpg 緑の系譜である。筋肉は哲学を超える。

Click-the-movies#-notitle0365.jpg そして潔い締めくくり。