無気力無関心(仮) -228ページ目

へろへろへろっす

今日は人吉の麻雀サークル「がなとん」に参加してきました。


…というか張り切って参加したんですけど、お昼から打ち始めて半荘9回打った時点で頭痛の為ギブアップ。順位は3・3・1・2・2・3・2・2・4で、ポイントもチョイ浮きとダメダメな結果でした。(鬱持ちで頭痛持ちの駄目人間には半荘4~5回でもう限界っす)


家に帰り着いてお風呂に入ったら、もう起きてられなくなってしまったので、今日はこれまでにさせてくださいスマソ。


それから、がなとんの皆さん、今日は本当にお世話になりました。これからもちょくちょく顔を出したいと思いますのでよろしくお願いします。


流れ=メルヘン

今日は、「流れ」について書きます。


この記事を書くキッカケとなったやましただいちゃん さんありがとうございます。



「流れ」というのは類義的に、勢い・~場・アナログなどがあり、これらは非理論的な経験則的なものですが、現在の麻雀業界では主流的であるといえます。


今日は流れの真偽ではなく、特に流れの存在について考察してみたいと思います。


現在、流れの存在というのは一部で疑問視されているが、全体的にはその真偽を疑ったこともないという状況です。


それはなぜでしょうか?


新聞やテレビの報道を正しいと思うように、雑誌や某プロが言っていることなので正しいに違いない、疑うなどもってのほかと考えているのかもしれません。


しかし実際には、新聞やテレビは会社によって報道内容が食い違うことや、間違ったことを報道することも多々あります。


同じように、麻雀業界についても疑えとまでは言いませんが、検証くらいはやるべきだと思います。


しかし、今までほとんどなされていない、または検証結果が広まっていないという状況です。


そこで僕は、『流れ=メルヘン』説を提唱します。


千葉の某テーマパークでは「世界的ネズミの中の人のことについて触れるのはタブーであるように、麻雀業界では「流れ」関して疑うことがタブーであるといえます。


このことから、『流れを信じる人=メルヘンチックな人』ということであると思います。



この現象は、これからの麻雀を作っていくべき人が自由にものを言えていない、または従来の手法を繰り返しているだけで革新していってない、ということだと思います。


そして、僕は戦略として「流れは存在しないが、その存在を信じる人は多い」というのを利用する立場なので、サンタクロースを信じる子供を見るように、流れの存在を信じている人を生温かく見守るつもりですww

麻雀と雀荘の関係について

先日、フリーに行った際に思ったことで、雀荘について考えてみます。


では、雀荘の定義から、


雀荘(じゃんそう)とは、市中にある、料金を払って麻雀をプレイできる場のこと。

4人で行って場を借りることを「セット」、1人で行って見知らぬ相手と対戦することを「フリー」といい、その場所をそれぞれ「セット雀荘」、「フリー雀荘」という。
参考:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


今日は雀荘について、特にフリー雀荘について考察していきたいと思います。

(僕は雀荘関係者ではありませんし、雀荘の全てを知っている訳でもないので、何か間違いなどありましたら指摘して頂ければ対応したいと思います。)


まず、雀荘に似た業種でパチンコ店の例を挙げます。

ここ10年ほどで設備が整い、暗いイメージもかなり払拭し、パチンコ遊戯に関する抵抗はほとんどなくなったといえます。

また、これはパチンコ業界がスポンサーとして行ってきたメディア戦略の結果ともいえます。
しかし、実際には未だパチンコ店では多くのトラブルが発生していますし、1人の1日あたりの投資・回収金額は2~3倍にもなっており、非常に射幸的で依存症などの問題もあります。


では、雀荘はどうでしょうか?ここ10年で変わったことといえば、低レート化・ギャル雀・雀荘所属プロの増加くらいでしょうか?(スイマセン、他にもありますか?)

麻雀人口も増えてきて、麻雀の存在も世間に認知されてきたように見えますが、雀荘に関しては未だ浮いた存在というのが現状です。

なぜならば、オンライン麻雀の普及により麻雀が身近になったのは事実ですが、その人達は雀荘で打つことがあまりないからです。


次に、パチンコ店と雀荘の持つイメージについて比較します。

客観的に見れば、パチンコ店も雀荘も同じメリット・デメリットを持っているのですが、店舗への入り易さの点では圧倒的にパチンコ店の方が勝っています。

街中を歩いていて雀荘の看板を見かけますが、それを見て入ろうとは普通は思いませんし、実際に入ってみていい印象をうける雀荘はあまり多くありません。


そこでパチンコ業界のようにメディア戦略を取るというのには僕は賛成しません。

なぜならば、それにより一時的に雀荘に行く人が増えても、雀荘の現状が変わらなければリピーターは増えないし、最終的に麻雀の地位向上にはつながらないと思うからです。


ではどうすればいいかというと、もう雀荘の賭場体質を解消するしかないと思います。

オンライン麻雀により麻雀からの賭博体質は解消できるのは証明されていますから、同じように雀荘も賭博禁止するべきです。これにより多くの雀荘は淘汰されるはずですが、その後需要と供給のバランスが取れればきちんとペイしていけると思います。これにより麻雀の健全化・二極化の解消がなされ、麻雀の地位は間違いなく向上するでしょう。


しかし、上記のようなことはただの理想論で、ありえないことなのは十分分かっていますので、現状はあまり変わっていかないと思います。

ですが、僕は今後もその他の手段に関しても模索していくつもりです。

オンライン麻雀と雀荘について

最近、一般の人と麻雀の話しをするようになりました。この場合の一般とは、麻雀に興味はある・やり方は知っているが雀荘に行ってまではやろうと思わない人たちのことです。また、そういう人たちのほとんどはオンライン麻雀をやっています。


オンライン麻雀の恩恵で麻雀人口の裾野は確実に広がっていますが、オンライン麻雀を打つ人と雀荘で麻雀では棲み分けがなされ、麻雀の二極化が進んでいます。
それをよく実感するのが麻雀OFFの呼びかけの時で、オンライン派の人は興味はあるが実際にOFFに参加するとなると抵抗があるようです。また、雀荘派の人はお金を賭けないのはつまらないとのことです。


それでは、オンライン麻雀と雀荘の麻雀の違いについて考察してみます。


オンライン麻雀の特徴は、非常に手軽であること、規模が大きいこと、成績管理やランキングがしっかり行われていることなどです。デメリットはほとんどありません。

次に雀荘の特徴は、実際に牌を使って打つこと、コミュニケーションツールとなること、金銭を遣り取りする場合が多いことなどです。しかし、これらのことはメリットにもデメリットにもなりえるので、初めての人には敷居が高いし、一度雀荘で嫌な目に遭うと、もう行かなくなる人もいるでしょう
これらのことからオンライン麻雀が流行るのは、むしろ当然のことかもしれません。


また、オンライン派と雀荘派の人の麻雀に対する考えの違いはどうでしょうか?これに関しては温度差があると言わざるをえません。

オンライン派の人は、人間が4人集まって同じ時間を共有する感覚が希薄であると言えます。雀荘派の人は身内意識が強く、緊張感の欠如を金銭の遣り取りで補っている感じです。


オンラインと雀荘のイイトコ取りで麻雀はできないのでしょうか?僕はどちらにも属していないので、中間をとってノーレート麻雀OFF を思いついた訳ですが、なかなか難しいようです。

では、オンライン派と雀荘派の歩みよりはないのでしょうか?これは2つの中間にあたる麻雀がほとんど存在していないことと、麻雀業界が収入源として二極化を容認している時点で難しいようです。

フリーに行ってきました

はい、それでは熊本市内の某フリー雀荘にネタ探しに行ってきたので報告します。


まず、結果だけ書くと半荘6回で+14k、順位は1-2-1-1-3-3でしたが、感想としては、「またつまらぬものを斬ってしまった…」という感じです。


僕はゲームとしての麻雀は好きなんですけど、麻雀の全てが好きな訳ではないんです。

別にお金を賭けるのを否定している訳ではないですが、(往往にして)お金を賭けて麻雀を打っている人達の人間性が好きになれいんです。

ただ、たまに無性に麻雀を打ちたい時があって、それを抑えるためにフリーに行っている感じです…

そして麻雀を嫌いにならないためにも、麻雀OFFスレを立てました。


麻雀の内容については書かないんですが、そこで拾ってきたネタをいくつか紹介します。

・やはり雀荘の持つイメージは、麻雀初心者にとって敷居が高い。

・対面が局の途中で「流れ」について謳いだして不愉快。

・雀荘が場代を稼ぐためにする演出は、時間短縮と強者を作らないシステム作り。

・フリーのキモは、やはり御祝儀(チップ)。


だんだんいい感じに鬱になってきたところで、明日からはこれらをネタ元にコラムを書きます。



PS.昨日偶然、「ガナトン」さんという人吉で活動されている麻雀サークルのHPをみつけました。

毎週日曜日に活動されているそうなので、早速参加してみようかと思っています。