無気力無関心(仮) -224ページ目

WBC&遠征

ついにやりましたね、日本決勝進出。


TVの前で正座して観ていて、「やっぱり上原の安定感は日本人でNo.1だねー」と、感動していたところで、「やましただいちゃんブログ。 」のダイスケさんからのメールが来ました。


僕が「福岡まで出かけて行きますので、よかったら一緒に打ちませんか?」と提案したところ、快く承諾してくださったので、21日に遠征して、午後から打つことになりました。


ところが、よく考えてみると「21日ってWBC決勝の日じゃーん!?移動中がそのまんま試合中だー!」とスケジュールを決定した後に気付きました。


まあいいでしょう。当日は携帯にかじりついて日本を応援したいと思います。

議論平行線のメカニズム

今日も、アムジーさんの「麻雀+数学=? 」からの話題です。


ある仮定からある結論を導く時、その導く過程はもちろん重要だが、前提となる仮定をチェックせずに導かれた結論を用いてはならない。』


これは議論をする場合において大前提であるにもかかわらず、もっとも忘れられがちなことです。


これを分かりやすく説明すると、まず「AならばB」という仮説があったとします。


この仮説に関する議論は「AとBの関係性(導く過程)」に終始しがちで、「Aの正当性(前提となる仮定)」に関する議論がなされない場合があるということです。


そして、議論平行線のメカニズムについて説明すると、


「AならばB」という仮説に対して、「Aが正しければBも正しいが、Aの正当性について疑問がある」という発言に対して、「AならばB」という回答がなされる場合があります。


これは、まったく回答になっておらず、このために議論は紛糾し、平行線を辿るのです


また、平行線となる他の原因として「CだからB」という、論点のすり替えが行なわれたりもします。


麻雀の誤った固定観念がなくならないのは、正しい議論が行なわれない為であると思います。


また、これらの誤った議論法は麻雀全般だけでなく社会全般にも言えることだと思います。

デジタルの盲点3

それでは、『データの取り方やモデルの有用性』に関して考察します。


最近、従来のデジタルの考え方に統計学や数理モデルを付加した、いわゆる「システマ」という考え方が流行っているようです。


これに関する記述を僕も少し読んだことがありますが、その理論の中には目を見張るものもあります。


ですがその中で、理論の根拠として数式が利用されていますが、そこから導き出されたモデルに対する有用性については考察されていません。


また、データの中にはネット麻雀で集めた統計データを用いたものがあります。いくらネット上で膨大なデータを集めたとしても、そこから導かれたモデルは麻雀全てに汎用的に使用できるものとは限りません。


そして、これらのモデルを元にした戦略の有用性にも疑問があります。


現時点では、システマという考え方は麻雀の戦略としては不十分であると思います。しかし、この試みは麻雀の理論的解明の為のステップとしては非常に有効であると思います。


最後にまとめとして、トレンド(流行)としての「デジタル」には有用性はありませんが、理論的思考による麻雀の解明は最終的には有用な戦略を生むのだと思います。

デジタルの盲点2

それでは、昨日の続きを書きます。


まず、『データ領域の狭さ』(=期待値の取り方)について考察します。


デジタルの基本戦略である「流れという概念を廃して、期待値や統計による摸打」に関してですが、そもそも、デジタルというのはオカルト・アナログの反対という意味で、明確な戦略というものは存在しません。

そこで、打牌選択の際に牌効率を用いたり、テンパイ取りの際に「待ち牌数×アガり点」という期待値的なものを用いたりして体裁を整えたというのが、デジタルの成り立ちです。


ここで、一般的なデジタル派の人の摸打に関して言及すると、打牌の説明としてデジタルと言っているだけで、実際に期待値を考慮しているかといったらそうではなく、前回に僕が書いた、『後付けの理屈が違うだけで、デジタルもアナログもオカルトも実質的にやってることはどれも同じ』ということになります。


また、デジタル派として有名なプロに関しては、実際の摸打ではそんな摸打はもちろんやっていなくて、デジタルの話題が出たときに強引にデジタル的な解説をしているだけで、理論的な苦しさを感じ得ません。


そして、『データ領域の狭さ』について言及すれば、デジタル的な摸打に用いられる、期待値を求める為の要素が少ないということです。


例えば、打牌選択には牌効率を用いますが、その後(さらにその後)の変化や、物理的な残り枚数や、他者の動向や、(自分または他者の)点数条件や、自分の捨牌の効果etc を考慮されてない場合があります。


期待値を多くの要素を元に求めるのは非常に困難であると思いますが、こういうときこそ理論的思考の出番のはずです。また、その為の基準作りというのも、ある程度は対局前にできるはずです。


しかし、現時点においてはデジタルは、摸打の基準である戦略 にはなり得ていないと思います。


明日は『データの取り方やモデルの有用性』を考察します。

デジタルの盲点1

デジタル=宗教omoteuraさんから頂いたコメントから、『データ領域の狭さ』と『データの取り方やモデルの有用性』について、もう少し突っ込んで考察してみたいと思います。

まず、僕が前提として考えていることは、デジタル・アナログ・オカルトなどは戦略ではなく、その時のトレンド(流行)であるということです。

言い方を変えると、後付けの理屈が違うだけで、デジタルもアナログもオカルトも実質的にやってることはどれも同じであるということです


これに関して、『ある仮定からある結論を導く時、その導く過程はもちろん重要だが、前提となる仮定をチェックせずに導かれた結論を用いてはならない。』 (参考:麻雀+数学=?『実験数学』 )という原則を元に考察してみます。


まず、オカルトとアナログには『前提となる仮定が明確に示せない』ので戦略として確立していません。

また、デジタルに関しては『前提となる仮定(統計・期待値)に不備や不足がある』のでこちらも戦略として確立していません。


ここでデジタルに関する『前提となる仮定(統計・期待値)に不足や不備がある』の部分を『データ領域の狭さ』と『データの取り方やモデルの有用性』という形で考察してみたいと思います。