みずがめ座の価値観を語ると、思い浮かぶ神話があります。
それは《プロメテウスの物語》
プロメテウスは、人間に「火」を与えた神様。
火は、ただ暖をとるためのものじゃなくて、
料理をしたり、道具を作って文明を進めるための力でした。
でもその火は、ゼウスが人間から取り上げていたもの。
プロメテウスは寒さに凍える人間を憐れみ、
天界の火を盗み、人間に渡します。
自分がどうなるか、分かっていたはずなのに。
案の定、プロメテウスは罰を受けます。
岩に縛り付けられ、毎日ワシに内臓を食べられる。
プロメテウスは不死身なので、その苦しみは終わりません。
正直、めちゃくちゃ重い話です。
でもね、
それでもプロメテウスは人間に「火を返して」とは言わなかった。
ここが、すごくみずがめ座っぽいなって思うんです。
自分が救われることよりも、
未来に進む可能性を選ぶ。
声高に戦うわけでもなく、
誰かを従わせるわけでもない。
ただ、
「これは必要だと思うから、渡す」
それだけ。
結果として、
世界の前提そのものが変わっていく。
みずがめ座の価値観って、
こういうところにある気がします。
今ある秩序に従うか、壊すか、じゃなくて、
「この先」未来を見ている。
自己犠牲を払ってでも未来に託す。
プロメテウスは、
自分の自由と引き換えに、
人間に“選択できる世界”を残した存在なの。
みずがめ座が扱うのは、
自分が主役になる派手な革命じゃなくて、
後に「当たり前」になる土台作りなんだよね。
革新って、何かを壊して変えることよりも《誰かが選べる未来》を残すことなのかもしれないよ。



