みんなのまち 大阪の肖像(2) (大阪中之島美術館) | れぽれろのブログ

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9月23日の祭日の日、中之島美術館に行ってきました。
この日の目的は岡本太郎の特集展示、…だったのですが、岡本太郎展はたいへん混雑していて、当日券は入場4時間待ちとのこと。これはうかつでした。あらかじめチケットを買っておく必要があったようです。

11時30分ごろに美術館を訪れましたが、岡本太郎展の入場可能時間は15時30分以降となっています。待つのが嫌なので鑑賞は断念、代わりに「みんなのまち 大阪の肖像(2)」(こちらも見たかった展示)を鑑賞し、これがかなり面白かったので、覚書をまとめておこうと思います。

しかし岡本太郎のこの人気にはかなり驚きです。今から20年以上前、90年代ごろまでは岡本太郎と言えば完全にキワモノの扱い、単なるエキセントリックな人物としてメディアで消費されるだけのアーティストだったように記憶していますが、20年間でここまで評価が変わることにびっくり。

「言うても岡本太郎の展示なんかそない誰も見に来えへんやろ」と舐めていたのが大間違いでした 笑。おそらく岡本太郎はこの20年間で、コアな美術ファン以外にもリーチする存在になったということなのだと思われます。

「みんなのまち 大阪の肖像(2)」は、中之島美術館の所蔵品を中心に、美術作品やポスターから戦後の住宅や家電まで幅広く展示され、大阪という都市と戦後文化を考えることのできる展示になっていました。

一部の作品や展示物については写真撮影が可能でした。実はこの春に「みんなのまち 大阪の肖像(1)」(こちらは戦前の大阪に関する展示)の方も鑑賞していたのですが、こちらは写真撮影可能なものはやや少なめ。これに比べると今回はたくさん撮影できて楽しかったです。

展示は6部構成。1部、4部、6部が美術作品、2部がポスター、3部が住宅と家電、5部が1970年の大阪万博に関わる展示なっていました。

1部、4部、6部の美術作品の展示では、前田藤四郎や吉原治良など戦後大阪に関わりの深い作家の作品がたくさん展示されていましたが、やはり中でも大阪在住者として面白いのは、大阪の風景が登場する作品です。本展では第1部の赤松麟作、第6部の山口晃と森村泰昌の作品がとくに面白かったので、それについてコメントしたいと思います。

他に面白かったのは3部の住宅と家電です。これについては後半に写真付きでコメントしたいと思います。


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まずは赤松麟作です。
赤松麟作の戦後すぐの連作作品「大阪三十六景」(1947)は、その名の通り当時の大阪の計三十六のスケッチを版画化したものです。サラッと描かれたものがほとんどですが、昔の大阪の風景を考える上で、なかなか面白い作品になっていました。
1947年といえば戦後2年目です。全体的に洋館や橋梁などが登場する作品が多いですが、これは戦災を免れた風景を題材にしたからなのかもしれません。全体として、戦前昭和の風景をも考えることができる作品になっていたように思います。この連作は写真撮影可能でしたので、一部画像を並べてみます。


・大阪市庁

昔の大阪市庁です。今は建て替えられて別の姿になっています。現在の京阪or地下鉄淀屋橋駅付近の風景です。
前に架かる橋が大江橋。この近辺は日銀大阪支店、中之島図書館、大阪市中央公会堂と古い建築が続く場所です。その中で大阪市庁だけが現在は変わってしまっています。


・中央公会堂

こちらは現在も残っている建物です。つい最近、不作為により前に生えている木が伐採されてしまったことで有名な中央公会堂ですが、この当時はたくさんの木があったことが分かります。


・浪花橋

続いては京阪・地下鉄北浜駅付近の浪花橋(現在は一般に難波橋と表記される)です。流れているのは土佐堀川。東側(上流側)からスケッチした風景と思われます。
浪花橋はライオンの像があることでも有名です。今でこそ大阪のランドマークと言えばグリコの看板やかに道楽のカニということになってしまいましたが、その昔は大阪と言えばライオン像でした。
この作品の左に見える洋風建築群は一部現在も残っています。


・高津神社

こちらは高津神社(高津宮)です。現在の地下鉄谷町九丁目付近。
高津宮はちょうど上町台地を上がったところの少し小高い場所にあり、神社から西側を見るとかつては大阪西部の都市風景が一望できたと言われます。そのことが良く分かる絵になっています。
この場所は現在も残っていますが、マンションなどの高層建築が増えてしまっており、現在は見晴らしは良くありません。


・本町

こちらは本町の風景。現在の地下鉄本町駅付近と思われます。
現在は本町と言えば中央大通が東西に走る場所ということになりましたが、この当時は中央大通はまだありません。これは中央大通りの少し北にある本町通を描いたものと思われます。
この絵では昭和中期に廃止された路面電車(市電)がまだ走っています。現在地下鉄中央線は中央大通の下を走っていますが、市電は本町通を走っていました。大阪の東西のメインストリートが本町通→中央大通と移り変わったのも、戦後大阪の重要な歴史です。


・四ツ橋

こちらは四ツ橋の風景。現在の地下鉄四ツ橋駅付近。

かつて四ツ橋はその名の通り4つの橋が架かっていました。南北に西横堀川、東西に長堀川が流れ、この2つの川が東西南北にクロスする部分に4つの橋が架けられており、この作品でもその橋を見ることができます。
ところが戦後の都市開発と道路拡張に伴い、西横堀川も長堀川も埋め立てられ、どちらの川もなくなってしまったため、現在は四ツ橋どころか橋は一つもありません 笑。現在は「四ツ橋」という地名だけが残っています。

かつて四ツ橋には電気科学館があったと言われ、この後ろの大きな建物もその電気科学館と思われます。現在の四ツ橋といえば、巨大なリキテンスタインのイラストがある場所として有名です。

ということで、大阪在住者にとってはこの連作がはかなり楽しかったです。


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第6部は主に現代の作家の作品が並んでいました。(残念ながらこちらは写真はなし。)

大阪の風景ということで面白かったのが、まず山口晃「大阪市電百珍円」(2002)です。
これは大阪市の風景を洛中洛外図風に描いたもので、かなり正確に大阪の都市部を南西から俯瞰した図になっていますが、金箔で雲を再現するなど、近世絵画風に描かれているのが面白いです。同作家の有名な「紐育空爆之図」をさらに細密にしたといった感じでしょうか。
この作品は大阪市営地下鉄(現大阪メトロ)のために制作されたとのことで、このためパッと見で地下鉄の本社ビルがかなり巨大に描かれています。本作でパッと目に付くのが通天閣と大阪ドームですが、それと並ぶ大きさに描かれているのが面白い。(その反面、もっと高層の建築であるはずのコスモタワーがまったく目立たないのも笑えます。)
細部はかなり精密に描かれており、絵に近づいて細部を鑑賞するのが楽しい。どの建物も屋上が和風建築風になっていたりと、微妙な改変が施されており、現実の風景を想像しながら鑑賞するとどんどん時間が経って行きます。大阪在住者ならきっと面白く鑑賞できる作品です。

もう1つあげるなら、森村泰正「なにものかへのレクイエム」(2007)が気に入りました。
この連作はこの作家ならではのセルフポートレート作品で、今回は「独裁者はどこにいる3」と「夜のウラジーミル」の2作品が展示。前者はヒトラーに扮するチャップリン、に扮する作家の姿が映されており、ナチ風の制服ですが徽章が「笑」マークに改変されていたりと、全体の雰囲気は戯画的。一方後者の方はレーニンに扮する作家が大衆を前に壇上で演説している姿で、レーニンのかなり有名な写真へのオマージュとなっています。
面白いのが撮影場所です。前者は大阪市の中央公会堂の内部で撮影されており、洋風建築でありながら背後には日本神話の天井画が見えています。ヒトラー+日本の洋風建築+日本神話というコードが、旧枢軸国をアイロニカルに表現しているように見えるあたりも楽しい。
それに対し、後者の撮影場所は釜ヶ崎です。戦後の労働問題の重要地点において、レーニンに扮する作家が演説するというのも何やら戯画的。表現と撮影場所の組み合わせが面白く、大阪出身の著者ならではの撮影へのこだわりが楽しめる作品になっていました。

この他にも、や、森山大道による地下鉄天王寺駅の写真(独特の形状の蛍光灯がクローズアップされる形で撮影されている)や、畠山直哉による90年代の旧大阪球場(難波球場、南海ホークスの拠点だったが同球団消滅後に住宅展示場になった)の写真なども面白かったです。超有名作家が捉える大阪の風景というのも面白いですね。


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さて、本展で美術作品以外で面白かったのが、戦後大阪の住宅と家電の展示です。積水ハウス、パナソニック、シャープといった在阪企業の協力のもとに行われていると思しき展示で、戦後文化を考える上でも面白い展示になっていました。

このコーナーも写真撮影可能でした。一部の写真を並べてみます。


いきなり会場に現れる玄関。

1975年当時の建売住宅を再現したとのことです。
設定によると、この住宅に引っ越してきたのは4人家族、父は33歳(1942年生まれ)、母は30歳(1945年生まれ)の、いわゆる団塊世代。子供は長男が5歳(1970年生まれ)で長女が3歳(1972年生まれ)です。
この子供の年代生まれの方であれば、かなり懐かしく感じられる展示なのではないかと思います。自分は1978年生まれですので、この子供たちは少し年上に当たります。


キッチンの様子。

何やら懐かしい感じがします。右手の炊飯器や左手のお鍋のデザインが可愛らしい。60~70年代の家電は意外とデザインが可愛いものが多いです。


電子レンジ。

食品別の設定表があるのが懐かしいです。つまみを回すと設定表の目盛が動くタイプです。このタイプのレンジは記憶にあります。


和室。



居間のテレビは木製です。文字通り「チャンネルを回す」タイプです。



レコードプレーヤーも木製です。

この当時は木製が流行だったものと思われます。


レコードの盤面。

左上からビートルズ、カーペンターズ、ビリー・ジョエル。(下3つは分かりません。)
左上のは自分は世代的にまずレッド・ホット・チリ・ペッパーズのパロディーの方を思い出してしまいます 笑。


トイレ。

こういうタイル張りのトイレも現在は珍しくなりました。


洗面所。

青磁風の色合いの洗面台がこの当時らしい?


洗濯機。

洗濯と脱水が分かれているタイプです。全自動が登場するのは80年代以降でしょうか?


住宅の他にも様々な家電が展示されていました。

こんな感じで古い家電が並べられています。



シャープ製ラジオ(1956年)。

生産設備っぽい緑色がレトロです。


パナソニック製(当時は松下電器、以下同)ラジオ(1953年)。

この当時は「明るいナショナル♪」(三木鶏郎)の歌で有名なナショナルブランドです。


同じくナショナルブランドの炊飯器(1959年)。

昔懐かしい雰囲気の型ですね。


サンヨーとパナソニックのテレビ(1965年)。

解説によると家電は60年代から和風を意識するようになり、テレビやレコードプレーヤーは木目調のものがブームになったのだそうです。逆にそれ以前の草創期のテレビは木目調ではなかったようです。


パナソニック製電子レンジ(1968年)。

こちらも木目調です。電子レンジにも木目調のがあったのですね。


サンヨーのミキサー(1954年)。

古びていますが、こちらも意外と可愛げのあるデザインです。
全体的にサンヨーは可愛いデザインが多いです。


サンヨー製掃除機(1959年)。



サンヨー製掃除機「太郎」(1968年)。

サンヨーの掃除機のデザインはモダンで可愛げがあるものが多くてびっくり。今のものよりデザインが面白いです。


パナソニック製ラジオ「クーガ」(1973年)。

クーガは有名なブランドらしく、このRF-888タイプは検索すると今でもオークションなどで売られています。


パナソニック製ラジオ、「パナペット70」(1970年)と「パナペットクルン」(1971年)。

かなり面白いデザインですね。60年代の「夢の時代」に対して70年代からは「虚構の時代」、性能や機能に驚く時代からコードによる差異化を楽しむ時代へ、などと言われますが、まさにそれを象徴するような70年代初期の楽しいデザインだと思います。


サンヨー製ラジカセ(1979年)。

このあたりになると自分も記憶があります。これに似た型は持っていたと思います。
つまみやスイッチがたくさんあるので、この当時はかなり多機能化が進んでいたようです。録音やダビングもできる機種のようです。古い型のは録音ボタンと再生ボタンを同時押しで録音したのを覚えています。


パナソニック製ビデオデッキ(1987年)。

この辺になると完全に記憶があります。小学生のときにこのタイプのVHSデッキは家にありました。


シャープ製電卓「ソロカル」(1984年)。

これは笑いました。電卓にそろばんが付いています。
電卓があればそろばんは不要な気がしますが、誰が買うのでしょうか?笑 どうしてもそろばんが使いたければ、電卓とそろばん別々に買えばいいだけのように思いますが、くっつける意図が不明です 笑。なかなかのおもしろ家電で、気に入りました。


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ということで、美術作品あり、住宅や家電ありの、楽しい展示でした。
とくに大阪ゆかりの都市の風景の作品などは大阪に関心のある方はきっと面白いので、おすすめの展示です。