遠い場所/近い場所 (国立国際美術館 2022年度コレクション展1) | れぽれろのブログ

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7月18日のお休みの日(海の日)、国立国際美術館に行ってきました。
この日は特集展示はなし。地下2階のコレクション展のみの鑑賞です。自分は国際美術館の年間パスを購入していますので、コレクション展は無料で入場できます。

特集展示がある場合、鑑賞のパワーを特集展示の方に取られてしまい、コレクション展は足早に通り過ぎることになりがちですが、今回は久しぶりにじっくりとコレクション展を鑑賞してきました。今回はその覚書です。

国立国際美術館は、近現代・国内外の様々な美術作品を蒐集している美術館で、所蔵作品はとくに戦後の作品が中心です。今回のコレクション展は「遠い場所/近い場所」と題された展示。場所をテーマにした4章立ての展示となっており、近年、とくにここ10年で収蔵したと思われる作品(新規収蔵品も複数あり)を中心とした展示になっていました。

構成は以下の通り。
 1.広い地球の上で
 2.東欧からロシアの作家たち
 3.新収蔵品を中心に、沖縄のまなざし
 4.どこでもある/どこでもない場所


1章の「広い地球の上で」は、竹川宣彰の作品が中心。
展示のメインとなるのは「迷信の地球儀」というタイトルの作品。巨大な世界地図を部分的にくり抜き、そのくり抜いた各部を球形(地球儀風)に作り直して設置した本作は、地図をベースにグローバリズム/ローカリズムを考える、といったテーマと受け取れる作品で、本展の導入にぴったり。自分は地図を見るのが好きなので、くり抜かれた1つの地図、及びくり抜いた地図からなる複数の地球儀を、それぞれ鑑賞するのが楽しかったです。
この作品は今から10年前の特集展示「リアル・ジャパネスク:世界の中の日本現代美術」で展示されていた作品で、この10年で新規に収蔵した作品であると思われます。

2章、「東欧からロシアの作家たち」と題された章は、昨今のウクライナ情勢を意識した展示になっていました。
多数の作家の作品が展示されていましたが、最も印象的なのはウクライナ出身の作家ボリス・ミハイロフの「Look at me, I look at water...」のシリーズでしょうか。本作は写真と文章を組み合わせた連作で、例えば犬が写っている写真はある議員の死がテーマ。犬を連れて散歩する議員に法令上の注意をした民間人に対し、その議員はあろうことか手榴弾を投げつける。ところがその「賢い」飼い犬は、飼い主が投げた手榴弾を銜えて戻ってきたため、議員は爆死。アイロニカルなストーリーと、ソ連崩壊後の東欧の不安定な情況が印象的な作品です。
ミハイロフのこの作品は2018年の「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」で展示されていた作品。この展示では他に印象的な作品が多かったため、ミハイロフの作品はかすみがちでしたが、改めて鑑賞すると面白い作品であることが分かります。
その他、昨年亡くなられたフランスの作家クリスチャン・ボルタンスキーの作品も展示。代表作のシリーズである「モニュメント」は、ナチスによるユダヤ人虐殺を批判的に表現したインスタレーション。2019年のボルタンスキーの特集展示「Lifetime」の展示手法については、過去にも書いた通り自分はかなり批判的でしたが、こうやって単体の作品を見ると、やはりボルタンスキーは力のある作家であったことが分かります。


3章の「新収蔵品を中心に、沖縄のまなざし」が、おそらく今回のコレクション展のクライマックス。石川竜一、山城知佳子、ミヤギフトシと、沖縄出身の3名の作家さんの作品が並んでいました。
沖縄といえば戦前の地上戦、その後の米軍による占領、現在まで残る基地問題などが思い出されますが、各作家さんの作品もこれらのテーマと関わっているものが多いです。

石川竜一の作品「絶景のポリフォニー」は沖縄の都市を中心とした風景を撮影したストレートフォト。場末やバラックなどの写真は一見すると本土の大都市周辺部の写真と変わりはありませんが、よく見ると建築物や動植物など沖縄らしいものも見られます。沖縄の今を表現する作品ですが、作家の関心はどちらかといえば社会階層的に低い人たちの実存にあるように感じられます。
自分は2019年に兵庫県立美術館で開催された「Oh!マツリ☆ゴト 昭和・平成のヒーロー・ピーポー」という展示で石川竜一のポートレート作品を鑑賞したことがあり、これがたいへん面白く(強いて比較するなら鬼海弘雄のポートレート作品を思い出す)、印象に残っていました。本作はその延長上にあるような作品ですが、本作では作家は風景そのものと人物の両方に関心があるようにみえます。参考資料コーナーに置かれていた写真集「okinawan portraits」(これもタイトルからして鬼海弘雄の写真集「東京ポートレート」を思い出す)もたいへん興味深い写真集でした。

山城知佳子は合計7つの映像作品が展示されていました。
沖縄戦の遺構、墓、米軍基地、沖縄の伝統芸能の様子などが複合的に登場する映像作品の数々。石川竜一の関心は沖縄の今にありましたが、山城知佳子の関心はおそらくは歴史にあります。古くから続く沖縄の伝統、戦争の記憶、占領の記憶、今なお存在する米軍基地等の沖縄固有のものを画面に取り上げつつ、それをハッとするような映像で主題化する手法は、たいへん寓意的で面白いです。
本展のメインはおそらくサイパン戦線の語りを映像化した「あなたは私の喉を通った」あたりにあると思われますが、個人的に面白かったのを1作あげるなら「OKINAWA 墓庭クラブ」でしょうか。古くからあると思われる沖縄のお墓(本土とはだいぶ形状が違う)の前に作家自身が登場。服装は白のテニスウェアとサンバイザーとヒールがやや高めの靴。この格好で作家自身がゆっくりとダンスを開始します。沖縄のお墓の前でこの服装とダンスは何ともアンマッチ。踊りのスタイルはおそらくラテン風。BGMは欧米風でも日本風でもありませんが、どことなくアジア的な感じもします。緩やかな動きはやがてヒートアップし激しい動きになり、トランス的・シャーマン的な雰囲気も立ち現れてきますが、踊りの内容はあくまでモダンなもの。一見するとアンマッチな風景と音楽と踊りですが、なんとなく慰霊的で宗教的にも感じられる要素もあります。過去/現在、日常/超越が混在する画面からは、何やら寓意的な物語も読み取ることもできそうです。さらに映像の強度がまたたいへん面白くて、個人的には見ていて飽きない作品になっていました。

ミヤギフトシの「The Ocean View Report」は、2015年の特集「他人の時間」で展示されていた映像作品で、自分は鑑賞は二度目です。

沖縄戦の日本人と米兵との関わりと、現在の語り手の心境を複合的に表現した文学的で抒情的な作品は、二度の鑑賞に堪えうるもの。詳細は過去記事に書きましたが、ポイントは沖縄の海を中心とした映像と、物語のキーとなるベートーヴェンの弦楽四重奏曲15番の3楽章です。ちょうどこの楽曲の構成A-B-A-B-AのBの部分(最も抒情的で感情が高まる部分)で映像を制止させ、語りの文脈とBGMをシンクロさせる手法が心地よいです。
たいへん面白い作品ではありますが、この抒情性(現代美術ではこの手の抒情的な作品はやや少ない)は賛否の別れそうなところ。個人的には好みの作品ではあります。


最後は4章、「どこでもある/どこでもない場所」と題された展示で、いくつかのやや抽象度の高い絵画や彫刻が並んでいまいた。
一番面白かったのは、坂本夏子の連作「難破船」でしょうか。坂本夏子といえば2010年の特集「絵画の庭」で展示されていた、ゆがむ画面で鑑賞者を混乱させる、たいへん個性の強い絵画作品が印象的な作家さんですが、今回の作品は過去作品に比べるとやや落ち着いた印象。いかにもロマン主義絵画のテーマになりそうな難破船を合計6通りの手法で描き、並べて展示する作品。各難破船はモノクロのドローイング風であったり、新印象派風であったり、フォービスム風であったりしつつ、それでいて色のチョイスや手法は現代的な部分も感じられ、なおかつ坂本夏子独特のディープな画面のテイストも残しているという、たいへん面白い作品になっていました。6枚の小品から、絵画史的なテーマと手法、現在の潮流と作家の個性を併存させる作品は、なかなか魅力的。
立体作品の方で1つ選ぶなら、北辻良央の「オリーブ・ガーデン」でしょうか。金属でできたオリーブの木を3つ並べて、それぞれに石膏彫刻や廃材などをコラージュした本作は、木という自然物を扱いながら機械的な印象もありつつ、それでいて三連祭壇画のような静謐な雰囲気も感じられるという、不思議な作品になっていました。


ということで、楽しく鑑賞しました。
最も力の入っていたと思われるのは3章の「新収蔵品を中心に、沖縄のまなざし」で、この3名の作家さんが強く印象に残りますが、その他の展示も面白いです。

総じて、現代美術はやはり個別の作品を、ゆっくりじっくり鑑賞することがやはり面白いという印象です。昨今はキュレーションに力が入りすぎていたり(作家が主体なのかキュレーターが主体なのか分からない展示もある)、過去の作品を見せ方によって再構築するという趣旨の展示も多く見受けられますが、このようなコレクション展を鑑賞していると、テーマに沿って順番に1つ1つ展示をみていくという、オーソドックスな展示がやはり一番面白いのではないかという感触を受けます。
たまにはコレクション展のみをじっくり鑑賞するのも良いと思いますので、ご関心のある方は国際美術館に足を運んでみるのも面白いと思います。

 

 

本展の案内。

 

 

パンフレットの様子。