世界言語への視座/松本克己 | れぽれろのブログ

れぽれろのブログ

美術、音楽、本、日常のことなどを思いつくままに・・・。

この1週間は重要な選挙のあった週でした。

1つは大阪都構想(大阪市消滅)の住民投票で、こちらは僅差ですが否決されました。5年前の都構想の選挙と違い今回は公明党が賛成に回ったので、通るのではないか(西日本ではとくに公明党は強い)と懸念しましたが、おそらく住民サービスの低下を懸念した人たちが多かったことと、創価学会が意外と離反した(という情報もある)ことが大きかったのではないかと思います。

あと重要なのは、「合併」の選挙と比べた場合の「分割」の選挙の困難さです。

今回は大阪24区を4つの区に統合する選挙でしたが、実質は大阪市を失くし4つに分割するとう案で、こうなると現状の24区の中でどうしても割りを食う区が出てきます。

とくに港区など酷く、港区は新淀川区に統合の予定でしたが、地理的にも文化的にも新中央区との結びつきが強い区で、淀川右岸の各区との統合は普通に考えてあり得ません。(現に港区は大多数が反対票を投じた。)
この他、新天王寺区の各区(天王寺区、阿倍野区、東住吉区、生野区、平野区)も全区で反対が多く、これらの区は新4区の中で最も税収が低くなることが予想されるため、何のメリットもない故だと思われます。
これは区割りがまずかったということではなく、どう区割りをしても絶対に損する区が出てくるという、構造的な問題が背景にあるのだと推測します。

いずれにせよ、個人的には否決されて良かった選挙でした。
もし諸外国なら市の消滅が否決ともなれば、扇動された住民による暴動が発生し、天王寺公園にある池上四郎の銅像や中之島にある関一の銅像が引き倒されてもおかしくない(笑)騒動が起こりそうな気もしますが、大阪では全然そんな騒動もなく、何だかんだ言って日本は平和だなというようなことも感じた選挙でした。
かといって大阪府市に問題がないわけではなく、今回は極端な緊縮政策が否決されただけであって、かつて(80年代~90年代にかけて)のような野放図な府市の経済政策やコスト意識の低さがが良いわけがないので、今後とも住民サービスに根を下ろした健全な財政政策を行って頂くことを希望します。

もう1つの選挙は言うまでもなくアメリカ大統領選挙で、こちらはこの記事を書いている時点でまだ結果は出ていませんが、僅差ですがバイデンが勝ちそうな勢いです。
4年前のトランプ当選のときは大ショックを受けた(笑)当ブログですが、今回は穏当な結果になりそうで、ちゃんとアメリカはスイングバックしてくれるなあと感心しています。(もちろんまだ確定ではなく、2000年のゴアvsブッシュのときのような再集計のトラブルが今後もないわけではありません。)


---

前置きが長くなりましたが、今回は松本克己さんという言語学者による「世界言語への視座-歴史言語学と言語類型論」とう本を取り上げます。
図書館で見つけて借りて読んだ本ですが、この本はめちゃくちゃ面白いです。
この本は世界のあらゆる言語を網羅的に分析し、発音、語順、品詞の特徴、主語のあり方などを分類、世界言語を再整理・類型化しようと試みた本、というように読める書籍です。

多くの学術論文をまとめて掲載した言語研究者向けの本であり、日本語と初級英語しか分からない自分のような一読書人にとってはかなり難解な書籍でしたが、この本が言わんとしていることは非常に面白いので、本書の内容を一部抜粋し、自分なりに強引に意訳(笑)して取り上げてみたいと思います。
自分は日本語と簡単な英語しか分かりませんので、例文はすべてこの2言語を取り上げています。本書を読むと、日本語と英語は様々な面で真逆の言語であることに気付かされます。

(なお、本書の内容は専門的でなかなか難しいので、一部は寺澤盾さん(英語学者)の「英語の歴史」(中公新書)の記述を参考にしました。この「英語の歴史」はたいへん読みやすく、印欧語(インド-ヨーロッパ語)の中の英語の位置づけや、古英語から現代英語までの変遷が簡易に分かる本で、多くの方にお勧めできる本です。)



(1)語順

まずは語順の問題です。



この表は本書「世界言語への視座」から転記したものです。
およそ1500ほどある世界言語のなかの語順のパターンを分類した表です。
S:主語、V:動詞、O:目的語で、「私は(S)手紙を(O)書く(V)」と表記する日本語はSOV型、「I(S) write(V) a letter(O)」と表記する英語はSVO型となります。

この分析によると、世界の言語は実はSOV型が多いことが分かります。
日本語のSOV型は世界の諸言語に比べて特殊であるなどと思われがちですが、たまたま現在の世界を席巻している言語(英語をはじめとする印欧語や中国語)がSVO型なだけであって、話者人口ではなく言語数でいえばSOVが優位です。
この点、日本語は決して特殊な言語ではありません。(このことは本書で繰り返し指摘されています。)

ちなみに、英語は昔から厳格なSVO型であるということではなかったようです。
古英語は他の印欧語と同様に語形変化(格変化)で意味を規定する言語でしたが、時代を経て厳格なSVOという語順で意味を規定する言語に変化しました。
現代英語では名詞の格変化はほぼ消失し、人称代名詞に残るのみ(I-my-me等の変化)。
その代り語順が重要となり、名詞は文頭に来れば主格になり、動詞の後ろに来れば目的格になるというように語変化に頼らず意味を規定する言語になりました。
語順が重要になった結果、英語では主語の必須化や前置詞の発達が促進されました。

日本語は動詞の位置が重要な言語で、動詞・動詞句が必ず最後に来ます。これは世界的に見てもかなり厳格な規則なのだとか。
その代り日本語では主語はばんばん抜けるし、語順も文末の動詞以外は適当、「手紙を書く」でも意味は通じるし、「手紙を私は書く」でも意味は通じます。
現代英語は「I write a letter」の語順は厳格で原則省略不可、順序入れ替え不可です。(古英語はそうでもなく、主語は落ちることもあったのだそうです。)



(2)語順と形態論の相関性

主語(S)は抜ける言語も多く、多くの言語はつまるところOV型(目的語-動詞型)とVO型(動詞-目的語型)とに分かれます。日本語はOV型、英語はVO型です。
2者それぞれの言語は様々な面で傾向的な相関性があるというのが、本書「世界言語への視座」の見立ててです。
以下も本書から転記した表です。



接頭辞はVO型で多く現れます。
VO型の英語の「un-」「in-」「dis-」とか、そういう単語が多いことを指すのだと思います。
OV型の日本語でも「非-」「不-」といった語句はありますが多くは漢語由来で、日本独自の接頭辞は少ないように思います。(漢語はVO型)

膠着性は単語に別の単語が付加して意味を成立させる言語の意味で、OV型の日本語は名詞+助詞、動詞+助動詞等で意味を形作る膠着言語です。
格組織も同様で、日本語は名詞+助詞、動詞+助動詞等で1つの格組織を作ります。(「私は」なら主格(S)、「私を」なら目的格(O))

VO型の英語は上にも書いた通り語順で格を規定する言語であり、膠着性も格組織の形成もありません。その代り英語には前置詞があり、前置詞+目的語の組み合わせで1つの修飾句を作ります。

接続詞と連用動詞については本文に解説が少なくてちょっと分かりにくいですが、接続詞はいわゆる日本語の「しかし」などの意味ではなく、VO型の英語であれば節を作る接続詞(thatとか)が見られる一方、OV型の日本語であれば「~することが」「~することを」のように動詞が変化して節の働きをする、という意味であると推測します。

世界言語では、OV型であれば膠着性や格組織や連用動詞が発達する傾向があり、VO型であれば接頭辞や前置詞や接続詞が発達する傾向がある、と類型化できるようです。



(3)語順に関与する構成素の分類

以下も本書の表からの転記です。
このあたりからかなり面白くなってきます。



世界言語では以下の法則があるそうです。
・OV型の言語では、表のA類がB類に先行する。
・VO型の言語では、表のA類がB類に後続する。

日本語(OV型)と英語(VO)型の例を並べてみます。

日本語
・「手紙を書く」 →目的語が動詞に先行する。
・「可愛い猫」 →形容詞が名詞に先行する。
・「猫より可愛い」 →比較対象語が比較形容詞に先行する。
・「書けない」 →動詞が助動詞に先行する。
・「手紙で」 →名詞が助詞に先行する。

英語
・「I write a letter」 →目的語が動詞に後続する。
・「The cat is cute」 →形容詞が名詞に後続する。
・「cuter than a cat」 →比較対象語が比較形容詞に後続する。
・「I can't write」 →動詞が助動詞に後続する。
・「by letter」 →名詞が前置詞に後続する。

おお、確かにそうなっとるな、ということが分かります。
日本語(OV型)と英語(VO)型では、あらゆる面で語順が逆です。

英語の形容詞はちょっと例外で、上にあげた叙述的形容詞(補語(C)となる)の他に、付加語的形容詞「cute cat」も可ですので、A類がB類に先行する例もあるようです。



(4)支配の方向

本書によると、言語一般に
 助動詞的成分 → 動詞 → 格(設置詞) → 名詞 → 連体修飾語
という支配の方向があるのだそうです。
助動詞的成分は動詞より重要、動詞は格より重要、・・・ということだと思います。

以下の表は本文を元に自分が表にまとめたものです。




例文。

日本語
・「友達の家へ行かなかった」
 →友達の(連体修飾語) 家(名詞) へ(設置詞) 行か(動詞) なかった(助動詞的成分)

英語
・「I did not go to the house of my friend」
 →I did not(助動詞的成分) go(動詞) to(設置詞) the house(名詞) of my friend(連体修飾語)

語順と支配の方向が、全く逆の傾向にあることが分かります。

自分なりに意訳すると、
OV型では、あまり重要ではないことが文頭に来て、重要なことは文の最後にくる
VO型では、重要なことを先に伝え、あまり重要でないことが文の最後に来る
という傾向があるということが言えるように思います。
英語などのVO型の方がより伝えたいことがはっきりする、ロジカルに発達した言語であるということが言えそうです。



(5)内陸部と環太平洋部の差異

最後です。
この表も本文から転記したものではなく、自分が本文の意図をくみ取って勝手に作った表です。



形容詞(体言型・用言型)については1章が割かれ論じられています。
ユーラシア大陸の環太平洋部では形容詞が活用する用言型で、それ以外のユーラシア地域では形容詞は活用しない体言型である傾向があるようです。確かに、環太平洋部に位置する日本語は形容詞は活用しますが、英語の形容詞は活用しません。
流音(LとR)についても1章が割かれて論じられています。環太平洋部に位置する日本語ではLとRの発音は区別せず、英語ではLとRは区別されます。
日本人の英語初学者はLとRの発音に戸惑い(自分はいまだに分かりません 笑)、英語話者の日本語初学者が形容詞の活用に戸惑うのも、この傾向から来ていると思われます。

名詞の性、複数形、助数詞はまとまった論考はありませんが、文中の記述から自分が表に追記しました。
名詞の性は印欧語の特徴(男性名詞・女性名詞・中性名詞などと言ったものがある。現代英語には性はありませんが古英語では性があったそうです)。
複数形は名詞の末尾にsが付く英語のあれです。
助数詞は日本語で言う「1個」とか「1匹」とかの数え方です。



以上、面白そうなところを抜粋してまとめてみました。
本書は論文の集まりですので安易な結論付けは避けられていますが、自分なりに本書の内容をくみ取って強引に結論めいたことを書くと、

OV型の言語(日本語含む)は、膠着型・格組織型の言語であり、語順は上記表のA類先行型で、前進的支配言語である。また、環太平洋部の言語(日本語含む)は、形容詞は活用し、流音は区別せず、性や複数形はなく、助数詞がある、古いタイプの言語である。

VO型の言語(英語含む)は、接頭辞型・前置詞型の言語であり、語順は上記表のA類後続型で、後進的支配言語である。また、ユーラシア内陸部の言語(印欧語の一形態である英語含む)は、形容詞は活用せず、流音を区別し、性や複数形が備わり、助数詞が消失した、新しいタイプの言語である。

という傾向があるようです。
これはなかなか面白く、日本語・英語以外の言語を勉強したくなってきます。

これも勝手な推測ですが、OV型が言語の形態としては早く、それがのちに時代を経てよりロジカルで明確なVO型に変化していき、古いOV型は日本をはじめとした環太平洋部に残り、内陸部では進化したVO型が優位になったのではないか、という仮説が立てられそうに思います。

膠着性が先で格変化が後というのもなんとなく分かります。
例えば日本語の「わたしゃ」という言い方も「私は」の名詞と助詞が融合して主格のようになった例で、格変化の原初形態なのでは?、これが広範囲に起こったのが印欧語では?、逆に印欧語の最も新しい形の現代英語では格変化は廃れ、語順が重要になる、格組織→格変化→語順というように言語はロジカルに進化していくのでは?、などと様々な妄想が膨らみます 笑。


ということで、「世界言語への視座」はなかなか難解な書籍ですが、付表を見ているだけでも面白いので、言語にご興味のある方にはお勧めです。
(自分がブログをフォローさせて頂いている方々は(なぜか)英語が得意な方が多いので、ご意見や誤りなどあればご指摘頂けると嬉しいです。)