小磯良平と吉原治良 | れぽれろのブログ

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3月31日の土曜日、兵庫県立美術館に行ってきました。
年度末を何とか乗り越え、ほっと一息。
お天気も良くお花見日和の午後、「小磯良平と吉原治良」と題された展覧会を鑑賞しに、ふらりと兵庫県立美術館へ。

小磯良平は1903年の神戸生まれ、吉原治良は1905年の大阪生まれ。
共に明治後期に阪神地区で生まれ、大正~昭和初期の阪神間モダニズムの時代に絵を描き始めた画家です。
しかし2人の作風やその後の歩みはずいぶん異なります。
小磯良平は近代日本西洋画の正統派。
藤島武二に学び、確かなデッサン力でしっかりとした具象画を描き続け、常に画壇の中心にいた人物。
吉原治良は戦後の「具体美術協会」の中心人物で、正統派というより前衛。
ほぼ独学で絵を学び、早くからシュルレアリスムや抽象への関心が高く、具象画も描きますがそれだけには留まらない幅広い作品を制作された方です。
同時代、同地域の画家として、2人を比較して考えてみるということが、この展示の意図のようです。
会場では年代ごとに2人の作品が比較して鑑賞できる展示構成になっており、両者の相違点や類似点を確認しながら鑑賞することができました。


2人が活躍した時期の日本文化の時代ごとの変遷について、ざっくりと以下のように捉えると分かりやすいのではないかと思います。
1つ目は1930年代の変化。
20年代は前衛の時代ですが、30年代以降、国粋主義化と戦時体制化にリンクするように、徐々に文化は前衛的なものから具象・正統的なものに移行していきます。
2つ目は1945年の変化。
敗戦・占領に伴い、再び自由主義と前衛が復活します。
アメリカの抽象表現主義が美術界の主流になるのもこの時期です。
3つ目が1960年代の変化。
高度経済成長とリンクし、文化は前衛・モダニズム的なものから、より多様で自由かつ大衆的なポストモダニズムの文化に以降していきます。
この3つの変化に対し、2人の作家がどのように変化していくかに着目しながら鑑賞すると面白いのではないかと思います。


小磯良平は早くからしっかりとした洋画を描き、初期の肖像画の中にも素敵な作品が多いです。
30年代以降も小磯は大きく作風を変化させることなく、確かな表現力でかっちりした人物画を描き続けます。
その中で、人物配置と構図にこだわりが見られ始めるのもこの時期です。
「洋裁をする女たち」(1939)や、有名な「斉唱」(1941)など、画面構成とトリミングが非常に面白い作品です。
画壇の中心にいた小磯は40年代以降、軍部に協力する形で従軍画家として戦争画を描くようになります。
「カリジャティ会見図」(1942)はこの時期の大作、これも画面構成が素敵です。
兵士の動きを捉えた動的な作品も魅力的。

戦後の前衛の時代になっても小磯は人物画を描き続けますが、人物の集団を描く群像表現がやや増え、一部の作風はモダニズム絵画の影響がみられるような興味深い表現になっていきます。
「麦刈り」(1954)などは、かつての「斉唱」のような画面構成へのこだわりがさらに進展し、人物のポージングと器物の配置の様子は抽象度が高く、モダニズム絵画の影響強しといった印象。
この傾向は「働く人と家族」(1955)などにも見られます。
60年代以降から晩年にかけて、前衛的な要素は少なくなり、再び心地よい人物画に回帰しますが、画面構成の面白さを残す作品もみられます。
人物表現と画面構成の心地よさが際立つ、ほとんどフェルメールの室内画のような「朝のひととき」(1976)が、ひとつの完成形と言えるのかもしれません。


吉原治良はほぼ独学で絵を学んだとのことで、初期は魚屋で買ってきた魚を描いた作品が多いです。
やがて魚を屋外に配置してみたり、魚と朝顔と手と組み合わせた「手と朝顔」(1930)のようなシュルレアリスム的な作品が増えていきます。
30年代前半は朝顔・海・潜水夫・縄がキーワード、これらを楽しく組み合わせた前衛的な表現が目立ちます。
以降どんどん作品の抽象度が上がっていきますが、戦時体制下では前衛は忌避されるようになり、具象画に転向。
しかし菊を描いた「菊(イ)」「菊(ロ)」(1942)のような作品も、無理やり菊を題材にしているだけで、実質的には抽象画であるのが面白いです。
一応の具象画である「空」「火山」(1943)なども、クレーかミロの作品のように見えてきます。

戦後の前衛の時代は吉原の活躍する時代です。
クレーやミロに近い作品を積極的に製作し続け、やがて時代の潮流である抽象表現主義風の作品に行きつきます。
1954年には「具体美術協会」を結成、この時期になると作品はほぼアンフォルメルや抽象表現主義の作品ばかりになります。
1960年代になると画面に丸印のモティーフが現れるようになり、有名な「黒字に赤い円」(1965)や「作品(黒字に白円)」(1968)のような、画面いっぱいに○を描く作品に行きつきます。
これらの60年代後半の○を描いた作品群が、モダニズム表現を越えた吉原の独自表現であると言えるのかもしれません。


個人的なお気に入りについて。
小磯良平の方は、やはり人物表現と画面構成が程よくマッチした作品が魅力的だと感じます。
上にあげた「洋裁をする女たち」(1939)、「斉唱」(1941)、「朝のひととき」(1976)の他、「練習場の踊り子たち」(1938)、「コスチューム」(1939)、「二人の少女」(1946)
などがお気に入りです。
吉原治良はアンフォルメルや抽象表現主義に至る以前の戦後作品、具象要素を残した「出迎え」(1947)、「小さな噴水」(1948)、「少女と七羽の鳥」(1950)など、この手の作品はあまり知りませんでしたので、意外な感じで印象に残りました。

小磯良平と吉原治良、具象/抽象、古典的/前衛的、中心/在野、という対立で捉えることのできる2人ですが、時代に沿って見ていくことにより、作風の振れ幅から一瞬リンクする部分が確認できるのが面白い企画。
近代洋画に関心のある方にはお勧めの展覧会です。

常設展示(県美プレミアム)のは、所蔵作品を10年ごとの区切り(2008年、1998年、・・・)で、100年間に渡り振り返るという面白い試み。
1918年からここ100年の変遷を確認できる興味深い展示ですので、こちらも合わせての鑑賞がお勧めです。