白狐の湯・赤い陣羽織 | れぽれろのブログ

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9月24日の日曜日、関西歌劇団の第99回定期公演を見に行きました。
プログラムは日本人作曲家による歌劇「白狐の湯」「赤い陣羽織」の2本立て。
ともに1955年初演の作品で、それぞれ芝祐久、大栗裕による作曲。
祐裕コンビ(←?)による作品2本立てとのことです。
自分はどちらもこの日が初めての鑑賞です。
珍しげな日本のオペラということで、楽しみにしながら尼崎アルカイックホールへ。
ところがこの日はアルカイックホール・オクトなる小ホールでの公演でした。
アルカイックホール(大ホール)前で警備員さんに注意されつつ(笑)、奥のホテルのある方向へ移動、北側にもホールがあったんですね。

この日は関西歌劇団による公演、指揮は船曳圭一郎、オケはザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団。
2作品とも小管弦楽団による70~80分くらいのオペラで、のんびりと楽しめる作品でした。
日本の作曲家の作品ですので、どちらも舞台設定は日本であり、どことなく日本風のメロディや和声で作曲されていましたが、やはりオペラというのは西洋のジャンルであるからか、端々で西洋っぽさ(日本っぽくなさ?)が現れてくるような作品でもありました。


以下覚え書きや感想など。


まず1本目は「白狐の湯」。
こちらはかの有名な文豪:谷崎潤一郎の1923年の戯曲作品を、後の時代にオペラ化したものであるとのことです。
1955年初演ですのでこのとき谷崎はまだ存命。
解説によると、初演を鑑賞した谷崎は本オペラを絶賛したのだとか。
非常に幻想的な作品で、女性に恋い焦がれる男性が、狐に化かされ翻弄され、そして命を奪われるという悲劇でした。

主人公は角太郎という青年。
彼は田舎から神戸に奉公に出た際に、ローザというフランス人女性に恋をします。
ローザには既に恋人がいますが、角太郎は諦めきれず、何とか思いを遂げようとローザをストーキング。
森の中の温泉にて、湯に浸かるローザを覗き見し続けます。
そしてある日、ついにローザの方から話しかけられ、相思相愛になり思いを遂げたかと思うと、その相手は狐が化けたもので、角太郎は命を落とすことになります。
日本の狐という民俗的な題材でありながら、西洋世紀末のファムファタルに翻弄される男が主人公であるという構造が、なんとなく谷崎らしい気がします。

本作の歌の特徴。
谷崎の戯曲のセリフをそのまま改変せずにオペラにしたとのことなので、言葉数が非常に多いです。
長台詞を延々レチタティーヴォ風に語り続けることになりますが、これが意外と違和感なく、日本語が西欧音楽に心地よく乗っかっている感じがし、うっとりと楽しむことができました。
このあたりは作曲家の力量の成果でしょうか。
また、主人公の角太郎がズボン役で、女性が演じるというのも本作の特徴です。
このため、幼い少年が白人女性に憧れるという雰囲気になり、ストーキング&覗きという設定もあまり下卑た感じがせず、綺麗なソプラノの響きと共にうっとりとすることができました。

演奏と演出。
とくに角太郎役のソプラノの方がいい感じで、日本語のセリフを綺麗に発音して歌っていました。
日本語のセリフで西洋風のオペラを歌う場合、外国語オペラ作品と比べて発声がかなり変わりそうな気もしますが、角太郎役の方はうまくこなしているように聴こえました。
演出面でとくに印象に残る場面は、白狐が登場する前に角太郎が入浴を覗き見する場面。
薄布で覆われた向こう側にローザに扮する白狐の影のみが表れ、それに覆い被さるように巨大な満月が映し出されます。
この白狐の影の華麗なポージングと、月光によるライトアップとが、角太郎の綺麗な歌唱と相まって、全編の一番の見どころであったと言って良いと思います。
ちなみにこの白狐の影ですが、自分はバレエダンサーか何かのエキストラかと思って見ていまいたが、プログラムを確認するとちゃんと歌劇団の歌手の方が演じていたようです。
歌手にしては(?)しなやかな動きに拍手です。


休憩を挟んで後半。
2本目は「赤い陣羽織」。
こちらは前半とうって変わって楽しい喜劇でした。
木下順二の戯曲作品のオペラ化とのことですが、物語はスペインの作曲家ファリャのバレエ作品「三角帽子」に非常によく似ており、オペラであればモーツァルトの有名な「フィガロの結婚」などにも似た雰囲気がありました。

舞台は江戸期と思われます。
仲の良い農民夫婦が登場し、夫はマヌケ面ですが妻は美人という設定。
お代官様はこの美人妻にちょっかいを出そうと策を練りますが、失敗。
マヌケ面の夫は妻が寝取られたと勘違いし、逆に代官の奥方を寝取ろうと、代官の衣装:赤い陣羽織を来て代官の館に向かいますが、何もできずに終わります。
結局お互いに不倫は未遂に終わり、農民夫婦は愛を取り戻し、代官がみんなに謝って、めでたしめでたしという物語。
マヌケ面の庶民(粉屋)と美人の嫁と代官というのは「三角帽子」そのままですし、衣装交換のスワッピング劇というのは、遡るとまさにモーツァルトの世界。
日本を舞台にしていますが、非常に西洋的なお話でした。

音楽は時代劇の劇伴音楽のように聴こえます。
本作は1955年初演の作品で、日本のテレビ放送開始は1953年です。
ひょっとすると、その後のテレビ時代劇の劇伴音楽のベースになったのがこのようなオペラ作品であったのかもしれません。
どことなく和風でありながら軽快な音楽で、短調主体ですが明るい感じに聴こえます。
歌詞だけを聴くと「白狐の湯」より簡潔で歌いやすそうに聴こえますが、音楽の構造はこちらの方が複雑そうです。

演出面はコミカルな動きが多く、笑わせてくれます。
夫、代官、代官の手下など、それぞれに動きに特徴があります。
面白いのが孫太郎という名の馬が登場するところ。
この馬も人間が演じており、馬なので歌はありませんが、動きが楽しくて、要所要所で笑いを誘うキャラクタになっています。(この馬も歌手の方が演じているようです。歌はないのに 笑。)
マヌケ面夫が代官の衣装:赤い陣羽織に手間取りながら着替える部分など、歌はなく音楽のみになり、音と演技で楽しませてくれる部分。
メイクもなんとなく変だったり、「門」の字の形をした門など、他にも小ネタがいろいろ登場。
楽しく鑑賞することができました。


ということで、幻想悲劇とスワッピング喜劇という楽しい2本立て。
2作とも素敵な作品でしたが、日本語詞と音楽の絡み合いという点で、1本目「白狐の湯」の方が気に入ったかもしれません。
物語の在り様も2本とも興味深く、プログラムの解説には「日本人だからこそできる日本人の心」などと書かれていますが、各キャラクタの造形はあまり日本人っぽくない感じがし、前近代的な日本の農村では、ファムファタルに一途に惚れ込んだり、夫婦愛が壊れたと感じた途端に思い詰めたりとか、そういうことはなさそう。
このあたり、西洋のオペラというジャンルで物語をチョイスすると、どうしても西洋的なお話を選んでしまうのかも、などと考えながら鑑賞しました。


関西歌劇団は次回で100回目の公演となるようです。
記念すべき100回目はヴェルディの「ファルスタッフ」、来年秋の公演、これも見に行こうかなと考えております。