パリ・マグナム写真展 | れぽれろのブログ

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8月26日の土曜日、京都文化博物館に行ってきました。
「世界最高の写真家集団マグナム・フォト創立70周年 パリ・マグナム写真展」と題された展覧会の鑑賞が目的です。
肥後橋のカフェで早めのお昼を頂いた後、京阪電車に乗って淀屋橋から三条へ。
2年前に引っ越してからの一時期、京都に行く場合は大阪市営地下鉄堺筋線と直結の阪急電車が便利でよく使っていましたが、最近はまた京阪電車を使うことが多くなりました。
なんとなく京阪の方が雰囲気がのんびりしていて(?)好きなのです。

マグナム・フォトは1947年に設立された写真家集団の名称。
以降、多数の写真家がこの団体に所属し、現在ではニューヨーク、ロンドン、パリ、東京に支社を構える世界的組織になっています。
この展覧会では、マグナム・フォトの写真家たちが70年以上に渡り撮影してきた、パリの姿を捉えた写真が多数展示されていました。
有名写真家の作品を鑑賞できるのと同時に、20世紀中盤から後半のパリの移り変わりを確認できる、興味深い展示になっていました。

以下、全体の覚書や感想など。

全体は5部構成。
展示は年代順に整理されていました。

第1部は1932年~1944年。
マグナム・フォトの創立に関わったロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、デビッド・シーモアらのマグナム創立以前の作品が展示されていました。
いきなりカルティエ=ブレッソンの超有名作品「ヨーロッパ広場、サン・ラザール駅 1932年」が、会場入口にどんと展示。
黄金比で縦横に分割された画面、水たまりを飛び越える男性と背後のダンサーの図像の相似形、及びそれぞれの水面に映る影との対称形、梯子と鉄柵の縦線のリズム、波紋と紐の円形のリズム、仕組んだかのような(笑)構図が素敵な作品です。
以降、30年代戦間期後期のパリの様子を確認できるのと同時に、ストレートフォトの面白さを堪能できる作品が続きます。
デビッド・シーモアが捉える人物の様子が素敵。
ロバート・キャパも画面中の人物が光る作品が多く、とくに「証券取引所前 1937年」など、中央の人物にスポットが当たるような素晴らしい画面配置になっています。かなりかっこいい写真です。
そんな中、アンリ・カルティエ=ブレッソンの特異さが目立ちます。
カルティエ=ブレッソンにとって人物は画面を形作る要素にすぎず、人物そのものへの関心は極めて薄く、ほとんど構図にしか興味がないことが伝わってきます。
写真をビジュアル(視覚的)な要素とコンセプチュアル(概念的)な要素に分けるなら、カルティエ=ブレッソンは極めてビジュアルな作家、「何を写すか」よりも「どう写すか」に関心があることがよく分かります。
しかしその画面が極めて心地よく、画面細部に様々な図像的な発見があり、見ていて最も楽しい写真家です。
1939年に第一次世界大戦がはじまり、以降はナチス占領期のヴィシー政権の時代、レジスタンスの活動からパリ解放へと、時代の変遷をカメラが捉えています。
この時期はやはりロバート・キャパの作品が素晴らしいです。
「パリ解放、シャンゼリゼ通り 1944年8月26日」も、中央車上の人物にスポットが当たる、素敵な作品です。

第2部は1945年~1959年。
戦争が終結し、パリ復興の時代です。
この時期にマグナム・フォトが設立され、登場する写真家の数も増えています。
ロバート・キャパのカラー写真が続きますが、彼は残念ながら1954年に亡くなっています。
この時期に最も目立つのは、マルク・リブーの作品です。
カメラが捉える人物の様子が面白く、構図もかっこいい作品が多いです。
「エッフェル塔のペンキ塗りザズー 1953年」は、塔の鉄骨と人物のポージングのバランスが面白く、さらに前景(鉄骨と人物)/後景(パリの街並み)の色合いの対比(黒/白)も楽しい、素敵なプリントになっています。
そんな中、面白いのがやはりカルティエ=ブレッソンの作品。
「パレ・ロワイヤルの庭園 1959年」では、画面上部中央の小さい人物と、画面左下部の人物が相似&対称形になっており、木々の間からこれらの歩いている人物が現れ、パーフェクトの構図が形作られる絶妙のタイミングでシャッターを切っています。
どうやったらこんな写真が撮れるのか、偶然であれば出来すぎている気がしますが、やはり仕組んでいるのでしょうか(笑)。
ポートレート作品が多く展示されているのもこの時期の特徴で、サルトルやボーヴォワールの姿が印象的。
超有名写真家ブラッサイの姿を写したセルヒオ・ラレインの作品も展示されていました。

第3部は1960年~1969年。
アルジェリアの独立に始まり、アメリカがベトナム戦争を開始、そして1968年の学生運動、五月革命、ゼネストに至る激動のシックスティーズ、写真家たちは激動のパリの様子を捉えています。
とくに1968年の一連の写真が印象的です。
デモを行う大衆、膨大な人の群れ、夜間の暴動、破壊された街並み。
最も印象的な写真は、ブルーノ・バルベイ「五月革命、労働者と学生によるデモ行進 1968年5月13日」でしょうか。
柱をよじ登り、信号機の上に立ち手をあげる人物と、背後の塔の上に見える天使像が対照的に捉えらている、素敵な作品。
ギィ・ル=ケックの「シャルルティ・スタジアムでの集会へ向かう道 1968年5月27日」の、デモ用の旗の間からぬっと表れる横顔を捉えた写真も、デモの中の面白い瞬間を捉えた楽しい写真。
報道カメラマンが増えた時代なのか、カメラマンの群れを撮影した写真が何点かあります。
エリック・レッシングの「アイゼンハワー大統領、マクミラン首相、フルシチョフ書記長、ド・ゴール大統領が会したパリ首脳会議を取材するカメラマンたち 1960年」は、タイトルにある有名政治家は登場せず、それを撮影するためにリズムよく(笑)はしごに乗っかるカメラマンたちの様子がユーモラスに捉えられています。

第4部は1970年~1989年。
戦後フランスを象徴するド・ゴールが引退し、ポンピドゥー、ジスカールデスタン、ミッテランへと政権は変遷、パリの姿も大きく変わり、ポンピドゥーセンターの開館、ルーブル美術館の改築など、パリ再構築が行われた時代です。
20世紀後半のフランス大統領は、高身長-低身長が順番に繰り返されると言われますが、ブルーノ・バルベイの作品を見ると、ジスカールデスタンの大きさがよく分かります(笑)。
パリ市長時代のシラクを撮影したアバスの作品、シラクは座っていますが、この人もやはり写真で見ても体が大きいですね。
この時代の作品に登場するパリの街並みは明るく、60年代の騒々しさはどこへやら。
作品もビジュアルに傾斜した作品が多く見られます。
とくに印象的なのはマルティーヌ・フランク(カルティエ=ブレッソンの妻)でしょうか。
70年代以降カルティエ=ブレッソンは写真から離れていきますが、その代わりにフランクの写真が登場、その画面の作り方はどことなくカルティエ=ブレッソンと類似性があるようにも見えてきます。
ジル・ドゥルーズやミシェル・フーコーのポートレートも印象的、時代と共に登場人物も移り変わっていきます。

第5部は1990年から現代。
写真はフィルムからデジタルへ移行、インターネットやスマートホンの普及に伴い、誰もが写真を撮影し、ネットという公共空間にアップする時代、写真の意味合いが大きく変わっていく時代になりました。
マグナムの写真家たちの作品もほぼモノクロからカラーに移行、構図とハーフトーンの面白さに加え、色合いの面白さが重要な要素となり、それを意識した作品も多数展示されていました。
このような時代を象徴する作品が、マーティン・パーの「パリ 2012年」です。
画面に写されるのは、ルーブル美術館のモナリザの絵をスマホで撮影する人の群れ。
写真のピントはモナリザの絵画そのものには合わされず、スマホの液晶画面に映し出されるモナリザの方にピントが合わされており、人々の関心が「モナリザを体験する」ことから「モナリザを体験したという情報を保存する」ことへ移行していることが、コンセプチュアルに示されています。
一方この時代は移民問題と格差問題が露わになった時代でもあり、その帰結が2015年11月13日のパリ同時多発テロです。
1968年のデモと暴動の動的な写真に対し、2015年のテロ後の写真は割れたガラスや誰もいない場所での献花の様子など、鎮魂を思わせる静的な写真が展示されていたのが印象的。
本展のラストは、2017年のマクロンとルペンの大統領選の結果、マクロンが勝利した日の写真で〆られています。

ということで、20世紀~21世紀初頭にかけてのパリの歴史を味わうことのできる、面白い展示でした。
同時代を捉えようとする写真家たち、その中の多くの写真家が報道的価値の追求と同時に、写真の視覚的な面白さ、ビジュアルなアートとしての側面を常に意識していることが改めて確認できたのが興味深かったです。
如何なる作品であれ、報道性(≒政治性)とアート性は常に内包されるもの。
どんな報道写真であってもアート的に鑑賞可能であり、アートを目的とした写真であってもその中に報道的(政治的)意味を読み取ることは可能です。
アートに政治を持ち込むことを嫌がる人たちもいるようですが、自分はそうは思わず、政治的にも美的にも如何様にも読み解くことができるのが、写真を初めとするアートの面白さであると感じます。
そんなことを考えながら、マグナムの写真家たちの作品を楽しく鑑賞しました。

常設展示では、明治期から昭和期にかけての、京都の町の写真が展示されていました。
特別展のパリよりさらに古い時代の京都の様子を楽しく鑑賞。
京都の歴史のスペースでは、藤原道長の「御堂関白記」(国宝)の原文に久しぶりに再会。
ユネスコの記憶遺産に登録されたと聞くと、何やら見る目が変わってしまいますね(笑)。