郊外生まれ | れぽれろのブログ

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「あなたの出身は?」
自分は大阪府内で生まれましたので、こう尋ねられると、
当然大阪出身と答えます。
「では、あなたは大阪人ですね」
このように尋ねられると、実は少し微妙な気がします。
大阪で生まれ大阪で育ち、今も大阪に住んでおり、
話し方のイントネーション、アクセントも大阪弁なのですが、
突き詰めて考えると「あなたは誰?」という質問に対しては、
郊外出身者と答えるしかないような気がしてきます。
この辺り、少し自己のルーツを遡って考えてみます。


父母は和歌山県の生まれです。
父は1949年、母は1951年生まれ。
父は大阪府内の大学に進みます。
1968年の学園闘争を遠目で眺め、1970年の大阪万博の会場で
バイトをしてた世代です。
その後集団就職で小さな会社に就職、時代は高度成長が終わった低成長時代、
「人の倍働け」のモレーツ世代です。
母は関東の短大に進み、1970年の三島事件が起こったときは
ちょうど渋谷にいたそうです。
父母は同郷のよしみで見合いをし、その後結婚、78年に自分が生まれます。

父の職場は大阪市内、そこから電車で30分の大阪の周辺都市の
郊外のアパートを借りて暮します。
そこから父は都心に通勤に行き、母は専業主婦、
高度成長期以降の典型的な核家族像です。
80年代後半には一軒家に引っ越します。
新築ではなく中古物件でしたが、自分の部屋を持てたのが
すごく嬉しかったのを記憶しています。
この頃は景気が良く、「24時間働けますか?」なんてCMが流行ってましたが、
父は本当に24時間働いてたような、そんな生活だったことを覚えています。

90年代に入り、父は亡くなります。
母も体と心を壊し、家から出ることが難しい生活となります。
この頃はバブル崩壊直後、父の死に対して、
思いの他高額の死亡退職金をもらうことができました。
幸いなことに、この死亡退職金と生命保険でローンの支払いが完了し、
将来の自分の大学用の学費もプールすることができました。


父は7人兄弟の6番目で、生まれてすぐに養子に出されました。
母は3人兄弟の末娘で、祖父の後妻の子です。
要するに2人とも「家族にとってそんなに必要とされていない子」です。
2人とも戦後のベビーブームのさなかに誕生した、団塊の少し下の世代です。
この頃の過剰人口は、70年代以降の低成長時代の労働力と消費を
支える世代となります。
日本は戦前から人口過剰で、戦後の経済成長を支える労働力を
アメリカやヨーロッパのように移民に頼るのではなく、
地方の余剰人口で賄ったという歴史があります。
「そんなに必要とされていない」田舎の次男三男坊が都市にやってきて働き、
親族ネットワークの計らいにより、おなじく田舎の女の子と見合い結婚し、
結婚と同時に郊外のベッドタウンに移り住み、
核家族化し子育てをするというパターン。
自分の両親も、このパターンにがっつり当てはまります。

自分は似たような境遇の郊外に住む子供たちが集まる小学校に進みます。
そこには生粋の大阪人もいれば、神戸や奈良や和歌山や京都方面から
やってきた人の子供たちもたくさん。
なので、「大阪人」というよりも「郊外人」というのがもっともらしい気がします。
ニュータウンが建設され、転校生がやってくる。
みんな似たようなアパート・一軒家に住み、みんなファミコンをやって
少年ジャンプを読んでいるという、そういう子供たちが量産された郊外。
ほとんどの子はイントネーションは関西系ですが、
少し地方の方言なども微妙に混濁しており、
さらにマスメディア(テレビに出ている関西系お笑い芸人など)の影響が重なり、
「現代郊外型大阪弁」というような、そんな言葉を今でも喋っています。


父の死と前後して、父母それぞれの祖父祖母もすべて亡くなりました。
「何かあったら田舎に帰るしかない」は、
父母の時代(郊外第1世代)の考え方です。
しかし、自分の世代(郊外第2世代)は、
そもそも何かあっても帰る田舎がありません。
自分は大学卒業後家を出て、生まれた場所とは別の郊外に住んでいますが、
帰る先もまた郊外なのです。
父母の田舎には親戚もいますが、祖父母も父も亡くなると、
親戚とは急速に疎遠になります。
帰る田舎がない、親族共同体とは完全に切り離された世代。
自分が子供のころは、夏休みに祖父母の田舎に帰るという、
そういう経験が残っています。
自分には子供はいませんが、弟には子供がいます。
弟の子(まだ赤ん坊です)は、郊外第3世代になります。
この子は夏休みに帰る田舎がない世代です。
帰った先のお婆ちゃんの家もまた郊外というのは、どんな感じなのだろう・・・。

60~70年代に建設された郊外(ニュータウン)は、
現在はっきり衰退しているといってよいと思います。
母の住む郊外は60年代後半にできた街です。
(自分ら家族は、遅れて80年代に引っ越してきました。)
街は建設後そろそろ50年が経過します。
現在、基本的に郊外第1世代の、もうお年寄りと言っていい人たちばかりが
住む地域になっています。
子供のいない郊外は、何だかひっそりと寂しい感じがします。
街の中心には学校がありますが、建物の大きさ(70~80年代の子供たちを
収容できすサイズ)の割に、生徒数は少ないようです。
都市周辺には、気が付けば家族葬向けの小さな葬祭場が増えています。
元々コンビニだったところが、建物をそのまま残したまま葬祭場に
なっているという、びっくりするような変身を遂げている建物もあります。


郊外と共同体について少し書くと・・・。
田舎の次男・三男坊が、田舎を離れて郊外に移り住む。
このことは、客観的・事後的に見れば、親族共同体からの切り離しです。
経済発展のため、村落共同体から企業共同体へ、
人的リソースが移転されたのが、日本の戦後の歴史です。
戦後の核家族はそれ自体自立的であったわけではなく、
企業共同体にずっと包摂されていました。
しかし90年代以降、平成不況深刻化により、企業は容赦なくリストラ実施します。
現在の企業は共同体(コミュニティ)ではなくなり、
単なる組織(アソシエーション)となり、またそのことが当然となっています。

多くの国では、共同性のバックボーンに宗教があります。
日本でも昭和中期に新興宗教が勃興し、都市・郊外の寄る辺のない、
共同性から疎外された人たちを包摂してきたという歴史があります。
創価学会など、その代表ですね。
共同性のベースとしては、宗教は大きな社会的リソースです。
しかし日本では、とくにオウム真理教の事件以降、宗教は胡散臭いものとして、
相当程度包摂力を失ったようにみえます。
大きな視点から俯瞰的に社会を見た場合、いざとなったときに頼れる
宗教共同体があるということは、とても有効な社会的機能です。
東日本大震災のとき、創価学会などの宗教的相互扶助ネットワークが
有効に機能したという話もきいたことがあります。

繰り返しになりますが、単一の核家族は断じて共同性のユニットにはなりません。
親族ネットワーク、企業ネットワーク、宗教ネットワーク、何でもいいのですが、
こういう共同性に根ざして、初めて自立的な核家族となりえます。
郊外第2世代で、早くに父を亡くした(企業共同体から切り離された)
立場から見ると、このことは実感的にすごくよく分ります。
核家族など、両親のどちらかが欠損した時点で機能しなくなる、
非常に脆いものです。
もちろん、かつての村落共同体・企業共同体が、「イエ社会」「ムラ社会」などと
言われるように、主体的な個人を阻害する悪しきものであった側面も、
一つの事実ではあると思います。
しかし、現在はどちらかといえば、再度共同性のリソースを
社会的に確保することの方が、大切である気がします。

経済が潤沢であった時代は問題なかったことですが、
不況や突発的な災害などで「いざ相互扶助」となったときに、
助け合える共同体も親族ネットワークもなくなっているならば、
頼れるのは公的補助しかありません。
しかし公的補助も、財政難においては確実に切り離しが進みます。
ことあるごとに、公務員を悪者にし、郵便局を悪者にし、
生活保護受給者を悪者にし、日銀を悪者にする。
場当たり的に敵を見つけて叩くというようなことはよく行われますが、
根本的な解決には進んで行ってないように思います。
このような問題は、経済が好況になれば、問題は縮小化されます。
なので、何とかして景気を回復しようとする。みんなもそれを期待する。
このことも大切ですが、いくら好況であっても、状況が一巡すれば
必ず不況はまたやってきます。
経済対策も非常に重要だとは思いますが、
不況時をベースとしてたリスクヘッジの方が重要度は高い、
「悪い事態を想定し、その時ときのリスクを最小化する」が、
企業マネジメントの基本。
社会政策の基本も、同じであるように思います。


だいぶ話がずれてきましたが・・・笑。

昭和中期に一時的に拡大した人口を収容したのが郊外で、
昭和中期の郊外が衰退するのは歴史の必然です。
郊外で生まれ育った世代のある種の苦しみも、
やはり個人に帰属するものではなく、歴史の必然なのだと思います。
前向きに考えると、お年寄りが集住した郊外というのも、
今後何らかの共同性のユニットになりうるかもしれません。
無意味に「よき家族」を連呼しても意味はなく、重要なことは、
家族的機能、共同体的機能を、どのように代替えしていくか、
そのために政治や法をどのように整備するかということにあるのだと思います。
このような政策が、行く行くは社会保障費の縮小にも繋がって行く、
そのように思います。