日本近代短篇小説選 大正篇 (その1) | れぽれろのブログ

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先月、岩波文庫の「日本近代短篇小説選 昭和篇3」が面白かったという記事を
書きましたが、
続けて「大正篇」も先月よりちょこちょこと読み、
これも面白かったので、感想などを書き留めておきます。

今回は大正時代。
大正といえば・・・
日露戦争が終わって「一等国」になった日本、
第一次世界大戦の勃発、棚ボタ的な好景気に湧く日本、
産業の発展、進む都市化、成金、
大正ロマン、阪神間モダニズム、小林一三、竹久夢二、
大正デモクラシー、護憲運動、原敬、軍縮条約、
米騒動、シベリア出兵、戦後恐慌、
そして大正末期には関東大震災・・・。

明治末期より、文学は漱石・鴎外を経て、現代日本語の文体を獲得します。
そして大正期には様々な文学が現れます。
今回は16の作品が収録されています。
物語あり、幻想小説あり、私小説あり・・・。
本当にいろんな小説が登場します。

この本、あとがきの分析も面白いです。
小説を巡っての芥川龍之介と谷崎潤一郎の論争について触れられ、
漱石や鴎外の小説の定義が紹介され、
これらに基づいて作品をある尺度で分類しています。

ということで、以下個別の作品についての覚え書きです。
今回はどの作品も結構面白かったので、全作品にコメントしたくなりました。
いつもの如く、作品とは関係ないようなことも書きますので悪しからず。


・女作者/田村俊子 1913年
小説のネタがない、書くことがない・・・。
悶々とする作家の心境が描かれます。いわゆる私小説。
書くことがないことをネタにした小説。

・鱧の皮/上司小剣 1914年
大阪道頓堀の料理屋で働く36歳の女性の心理を描いた作品。
別居しているダメダメな旦那からの手紙に対する複雑な感情が描かれます。
移ろう心理が面白い作品ですが、
大阪人としては大阪弁や大阪の地名が出てくるのが嬉しいです。
道頓堀、法善寺、千日前、宗右衛門町、戎橋・・・。
大きなおかめの看板の店ってどこなんやろ。興味が湧きます。
日本橋から上町まで終夜運転の電車が登場します。
現在の地下鉄千日前線に相当する市電でしょうか。
大正初期には終夜運転をしていたというのも、何やらびっくりです。

・子供役者の死/岡本綺堂 1915年
今回の16作品の中で一番ストーリーが面白かったのがこの作品。
舞台は近世。
16歳の美少年が年上女性と恋仲になりますが、その女性はやくざの妾で、
関係がばれた少年はやくざにさらわれ・・・。
最後にはどんでん返しが待っています。
岡本綺堂は大衆小説家で、当時の人気作家だったようです。
近世戯作と近代エンターテインメント小説の中間のような、
そんな感じの作品なのかな。

・西班牙犬の家/佐藤春夫 1917年
幻想的な作品です。
森の中に迷い込んだ主人公が謎の一軒家を発見。
中には一匹の犬だけがいる・・・
お菓子の家に迷い込んだ童話みたいな感じで面白いです。
この作品、気に入りました。

・銀二郎の片腕/里見弴 1917年
他人の嘘を許すことができない潔癖な男。
愛した女の嘘に激昂した末の衝撃的な行動・・・。
北海道の牧場が舞台の作品です。北国の描写がまた面白い。
短い夏は牧場の商売に精を出し、冬は延々引きこもる・・・。
北国の冬は本当に大変そうです。
自分にはこの生活は無理です・・・寒がりですし。

・師崎行/広津和郎 1918年
好きでもない女性と関係して子供ができた男、しかし結婚に踏み切れない。
そしてこのことを父に報告できずにいる男。
結婚に踏み切れないことを、相手や女性やその母に詰め寄られると、
逆ギレする・・・。
この主人公、なかなかのダメ人間ぶりです。
主人公は最終的にこのことを父に報告するのですが、
父は怒らずに彼の気持ちをくみ取ってくれる・・・。
ここの主人公とお父さんの対話シーンがすごく好きです。
お父さん、優しすぎます(笑)。

・小さき者へ/有島武郎 1918年
幼くして母を亡くした子供3人。
その子供たちに対し、父から送られる激励の手紙。
作者の有島武郎自身、子が幼いときに妻を亡くしており、
この小説は私小説なんだそうです。
描写はモラル的で何やら感動的でもあります。
しかし、有島武郎は後に子供を残して別の女性と心中するのだそうです。
道徳的であろうとするような文章を残しつつ、
道徳以上の激情に駆られてしまう・・・。
こういうところも人間の面白いところですね。
(・・・面白がってると怒られそうですが。)

・虎/久米正雄 1918年
三枚目舞台役者の悲哀を描いた作品。
決して名誉的ではない虎の役を与えられ、それでも見事に虎を演じきる。
客からは喝采を受けるが、舞台を見に来た我が子の複雑な表情を前にして、
虎の気ぐるみを着たまま涙を流す男・・・。
こんな小説を読むと、現在のお笑い芸人の地位は上がったもんだなと思います。
現在の芸人にこの手の悲哀はあるんだろか。


以上、前半8作品の覚え書き。
あと8作品ありますが、ものすごく長くなりそうなので次回に続きます。