【硫黄島に響く轟音】
硫黄島(東京都)で行われた米原子力空母ジョージ・ワシントン(GW)の艦載機による陸上離着陸訓練(FCLP)が今月7日、報道陣に公開された。訓練の模様とともに、先の大戦で日米の激戦地だった硫黄島の今を2回にわたって報告する。(有元隆志、写真=古厩正樹)
「キーン」という音をたてながらFA18攻撃戦闘機が低角度で、空母の甲板に模した滑走路に入ってくる。着陸するとすぐに「ドォォン」という低い轟(ごう)音(おん)を発し、再び離陸した。
「タッチ・アンド・ゴー」と呼ばれる離着陸訓練。
海上に浮かぶ空母は天候によっては縦揺れ、あるいは横揺れすることもある。着艦するには、高度な技術が要求される。甲板という限られたスペース、50~70機の艦載機、ほぼ1~2分おきに行われる集中的な離着陸。1つのミスが大惨事につながりかねない。
そのため、パイロットは空母からの飛行を29日以上行わなかった場合、再度空母に着艦するためにはFCLPをおこなうことが義務づけられている。
ジョージ・ワシントンを中心とする米海軍第5空母打撃群は横須賀を拠点とする。米海軍のなかで唯一海外に常時前方展開する空母打撃群だ。日本政府は同空母の配備について「強固な日米同盟への米国のコミットメントを象徴的に示すもの」と重要視している。
そのジョージ・ワシントンの任務遂行に「FCLPは不可欠」と、説明にあたった在日米海軍司令部のピーター・ラッシュ副司令官は力説した。
米海軍は毎年1、2回、10日程度、陸上離着陸訓練を硫黄島で実施している。厚木飛行場周辺の騒音問題を放置できないため、平成3年から硫黄島での訓練が始まった。
1回の訓練時間は30分から1時間で、タッチ・アンド・ゴーを6回から10回繰り返す。訓練は休憩をはさんで夜も実施される。
パイロットは着陸前に滑走路(甲板)脇にある「ミートボール」と呼ばれる光学着艦装置を必ず確認しないといけない。着陸するか、あるいは着陸せずにそのまま飛び去るかは、信号がグリーンかレッドの合図で決まるからだ。丸い照明灯なのでその名がついたという。報道陣もミートボールの前には立ってはいけないと事前に注意された。
空母には4本の機体制動用ワイヤが張られ、艦載機は機体後部のフックをワイヤの1本にかけて急減速する。同行した米海軍当局者によると、4本のうち真ん中の2本のうちのどちらかにフックをかけるのが上手なパイロットだという。
着陸ごとに上官は「良し」「まあまあ」「だめ」と判定する。単に訓練をこなせばいいというものではないのだ。
報道陣が取材したのは滑走路脇の指揮所近く。戦闘機の爆音、熱風が直に伝わってくる。かねてから離着陸訓練の騒音問題は知っていたが、耳栓をしても轟音で耳が痛くなりそうだった。
ラッシュ副司令官によると、騒音問題は米本土でもあるという。その点、硫黄島は居住地から遠く離れているうえ、島民もいまはいないため、騒音問題は生じない。しかも、まわりに街灯や家の明かりなどがないため、夜間は海上とほぼ同様に真っ暗な状態で訓練ができる。気象条件さえ整えば、「訓練場所としては理想的」(ラッシュ副司令官)というわけだ。
ただ、硫黄島は厚木基地から1190キロ、在日米軍基地再編で厚木からFA18が移転する予定の岩国基地(山口県)から1350キロと離れている。しかも、機体が故障したときの緊急避難用の飛行場が近くにない。このため米軍は日本側に硫黄島に代わる訓練施設の建設を求めている。
日本側が検討しているのが、種子島の西に位置する馬(ま)毛(げ)島(しま)(鹿児島県西(にし)之(の)表(おもて)市)への移転だ。小川勝也防衛副大臣は8日、伊藤祐一郎鹿児島県知事と会談し、馬毛島を有力な候補地と考えていることを伝えた。伊藤知事は種子・屋久1市3町が反対を表明していることを踏まえ、「地元の意向が最も重要。それに沿って対応したい」と慎重に対応する考えを示した。
いまは日本国内での調整が続いており、米側には正式な伝達はないという。地元の反対により、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題と同様に長引く可能性もある。
日本国内での議論をよそに、硫黄島では夜も訓練が続けられた。東京都心では想像できないほど満天に無数の星が輝くなか、午後7時から夜間離着陸訓練(NLP)が始まった。
夜は視界が限られており、昼以上に神経を使う。ラッシュ副司令官は、「経験を積んでいる人は、私のように髪の毛が真っ白になる」と、訓練の過酷さを形容した。
中国軍幹部はこのほど香港紙のインタビューで空母建造を認めたが、米軍の訓練をみると、中国が近く空母を保有したとしても、艦載機をそう簡単に運用できるとは思えない。
ただ、中国は小笠原諸島とグアムを結ぶ西太平洋の「第2列島線」にまで活動を広げることに意欲を示している。中国国防省は海軍の艦隊が6月中下旬に西太平洋の公海で演習を行う計画を発表した。
硫黄島は第2列島線の上にある。先の大戦では日米激戦の地だったが、いま日米にとって対中国という意味で戦略上重要な地となろうとしている。
ラッシュ副司令官は強調した。
「米海軍と海上自衛隊の緊密なパートナーシップは安保体制の中核だ。この地域の対抗勢力が米海軍と海自を合わせた力を超えることはできない」
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後半では、いまなお多くの遺骨が残されている硫黄島の今を報告する。
FA18による陸上離着陸訓練