ディスプレーデザイナー 13




 ……でもまだ俺の方がチャンスはあるはずだ!
 キョーコちゃんは、敦賀君とはまだ会ったばかりみたいだし、俺の方が普通に話せるじゃないか!
 だが、今の嬉しそうな顔は……初めて見た。
 敦賀君がさせた表情だとすると、キョーコちゃんは敦賀君に気を許しているって事か?
 敦賀君はデザイナーとモデルを兼務するほど、社長の信頼も厚いって訊いている。
 そして実際にカッコ良くて、モテモテなのに彼女居ない歴は長いらしいと訊いた。
 それが不思議だったけど、キョーコちゃんに対しての接し方が不思議なほど優しくて、先ずは仕事仲間になることを優先している様子が、キョーコちゃんを安心させているように見える。
 ……キョーコちゃんは、仕事はしっかりこなす子だけど人との接し方がぎこちない。特の男に対してはそうだ。
 もしかしてそれが敦賀君の行動の理由か?
 でも、初対面…ではないのか?
 だから何か知っているのか?


 光が二人の事を考えているうちに、打ち合わせは再び始まっていた。
 蓮は静かにその様子を見守り、時折キョーコを見つめては優しい表情をしていた。


 ……あんな敦賀君も初めて見た気がする。
 とても大切なモノを、人を見る目だ……。


 キョーコはその視線を感じながらも、今は目の前の仕事をきちっとこなすことに専念した。
 打ち合わせは、キョーコの発注したい飾りのチェックと、あっと言う間に迫るクリスマスの飾りについて、そしてその後のお正月の飾りの提案がデパート側から出された。
「この感じですと……クリスマスの夜に剥がして、お正月に切り替える事が一番いいと思いますが、25日は日曜日の夜ですね。イルミネーションの飾りとかを撤去するのに、一人だけお手伝いをお願いできませんか?」
「我々で手伝えるならやりますが、どこまでお手伝い出来るか……」
「お手伝いのメインは、クリスマスの飾りの撤去です。お正月のディスプレーは私が全般的にやります。手の届かない部分とはお願いするかも知れません。余り負担のない少ない仕事に絞っておきますので、力と体力のある人が希望ですか……」
 キョーコが手伝って貰うことに遠慮がちながら申し出た。キョーコにしては珍しいことだが、確かにタイミング、曜日とを考えると余り早くに崩してしまうにはもったいないクリスマスものだ。


「もしよければ、俺が手伝いましょうか?」


 意外なところから声がかかった。蓮だった。
「えっ!?」
 声に出すもの出さないものはいるが、一様に驚いていた。
「ああ、高いところとかなら、俺の出番かと思ったもので……」
 はは…と笑いながら答える蓮だが、確かに身長190の男ならどの高さでも届くだろう。
「でも……ディスプレーウィンドーは、思った以上に狭いですよ? 敦賀さんの体格では、高いところを手伝って頂くには向いているかも知れませんが、動き回ることが出来ないのでは……」
 ディスプレーの空間を知っているキョーコが、嬉しい申し出だが遠慮がちに断るような言葉を口にした。
 それに、このデパートのデザイナー兼モデルに、深夜の仕事を手伝わせることはキョーコには余りにもったいない申し出であり、そんな事をさせる訳にはいかないと思った。
「でも、高い場所の壁紙とかを剥がすなら、脚立なしでも俺なら出来そうだよ?」
 蓮の言っていることは尤もだが、彼にはモデルとしてのプライドや、売れっ子のデザイナーであるという、自分がどれほどの位置に立っているのか頓着はないのか、キョーコは不思議に思った。
 仕事によって、人はそれなりの自信からプライドを持ち、良くない例では天狗になってしまう者もいる。
 だが、今の蓮の言葉にはそんなモノはドコにも無い。


 ……ただあるがままにいる人……。


 自分がしっかりとしている人で、変な欲も少ない。好きな事が出来るなら、その為の努力は惜しまない。


 とても真っ直ぐで、変な飾りはしない人。
 優しくて、素敵な人なんだ……。


「本当にお時間、大丈夫ですか?」


 キョーコが真っ直ぐに蓮を見ながら訊いた。


「無理なら手伝うとは言いません。それに……出来ていく過程を、ディスプレーが完成されていく途中を見てみるのも面白いと思ったんです」
「あの……作る時はお手伝いをして頂かなくても……」
「見てみたいのです。そして、もし一緒にいて手伝いが必要なら、手伝うというのはダメですか?」


 真っ直ぐな目は、キョーコには眩しすぎた。
 男の人にしては美しいといえるその面差し以上に、心まで真っ直ぐに見つめてくる視線に、キョーコは拒否の言葉をなくしてしまった。


「見ていてもそんなに面白いものではないですよ? それでも良ければ……お手伝い、お願いできますか?」


 キョーコが折れた様な、負かされた様にして、蓮が手伝うことが決まった。
 そのやり取りを見ていて歯がゆい思いをしている男が一人居た。
 石橋光は身長が高いとはいえない。成人男性の平均よりも少しばかり低いほどで、それ程小さい訳ではないが、「高い所にも手が届く」条件からは、外れてしまう。


 ……やっぱり男って、体格もあるよなぁ……。
 敦賀君みたいに、身長高くて、体格もよくて、頭の回転もよくて……。


 そう思うと、光は深く溜息を吐いたが、周りは二人のやり取りに気を取られて気が付かなかった。
 人柄もよくムードメーカーにもなる光だが、自分と比べても仕方のない事までを頭に浮かべ、ひたすら落ち込んでいった。
 キョーコへの恋に、前途多難なライバルが現れたことだけは確かだと、視界に映る…誰が見ても完璧な男である敦賀蓮という……男から見て一番ライバルにはしたくない男……。


 二人のクリスマスの予定が決まると、先ずは最新の飾り付けについて発注する物についての打ち合わせが始まり、今日の打ち合わせは予定より早く終わった。


           《つづく》      14へ


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