ディスプレーデザイナー 12
キョーコは素直な返事をした。
蓮のくれる言葉が、優しく接してくれているのがキョーコにはわかった。
自分は人との接し方が下手だ。でもその理由を、言ったところで自分が心を強くしなければ、前に進めない事……
それがわかっていても、今のディスプレーという一人で作り上げていく仕事が好きで、自然と人との接する機会を少なくしている。
仕事中は孤独に見える自分と時間との戦いのような仕事。一人だから集中出来ることもあるが、たった一人で仕上げていく大変さもあり、責任も大きい。
今は会社への所属の中に、宝田デパートのような大きな専属指名をしてくれるところも出来た。
まだ私の若さで自立するのは難しいと思っていた。どんな仕事でも何かしらに所属していることは安定を与えてくれる。
でも専属指名をしてくれる仕事があれば、自立して自分の仕事をしてみたい。そして夢の場所へも行きたい……。
敦賀さんは、私には見えない私の部分を見つけている人なのだろうか?
自分では見えない、私の中の可能性……。
確か何歳か上なだけのはずなのに、とても大人の男性に感じてしまう。
……だから、まだ少しだけ……怖い……。
優しい人だと言うことは、もう十分に伝わってきた。
言葉の端々に私を気遣い、無理に押しつけてこない言葉は、私の『人見知り』を気遣って距離を無理に縮めなくてもいいと言ってくれていた。
だから素直に「はい」と直ぐに答えられた。
敦賀さんなら男性と意識しすぎないように、仲間としても優しく接してくれそうだから。
デザイナーとしての、ジャンルを越えたもう一人の仲間として……。
思いを巡らせるキョーコの周りの視線は、女性全てでないとはいえ…嫉妬の視線は打ち合わせの合間にもちらちらと見られていた。
まさか蓮が自分に声を掛ける為とはいえ、打ち合わせ中に現れキョーコと話したいと思っていることを口にすれば、蓮のファンクラブは黙っていないだろう。
「後藤さん。従業員用の入り口受付には連絡はしておきますので、こちらで連絡をしてくれるならキョーコさんからの俺への連絡は、お願いします」
蓮はそう言ってキョーコに微笑みかけた。
押し付けることなくキョーコさえ良ければと言う立場を蓮は取りつつ、待っていると思える視線には誰もが含むものを感じた。
しかし直接的な言葉がある訳もなく、微妙な空気がその場を流れた。
蓮のアプローチに、キョーコが気付いていないこともその理由だ。
キョーコは蓮の顔は知っていても、モデルまでこなすデザイナーである以上のことは全くと言っていいほどは知らないままだ。
だからこそ、分かるのかも知れない。
蓮がキョーコに近付いてもいいか……キョーコに尋ねるように微笑みかけていることを……。
私が人を…男の人を避けているのを知っているみたい。
この人は私を、私自身を見てくれている人なんだ……。
でも不思議……。何故、私なんかに興味を持っているというの? こんな素敵な人が…?
……私みたいなディスプレーの空間を愛しているだけの私に、貴方のような光輝くライトの当たる道を歩く人が何故?
それに、私は無礼な態度ばかりなのに、敦賀さんは優しい態度で年下の私にも、気を使っている。
キョーコは不思議に思いながらも、飛び跳ねていた心臓の音が収まり、穏やかな優しい目に知らない間に穏やかな気持ちになっていた。
……そうか……。敦賀さんが優しい人だから、ただ華やかな人だけじゃないから、安心したんだ…。
とても素敵な人かも知れない。
でも本当の敦賀さんを知るには、きちんと向き合わなければいけない。
「あ、それとも携帯の番号やアドレスがわかった方が直接連絡も取れますが、個人情報ですので大丈夫と思われたら連絡をください」
蓮は、良ければ…と言葉を添えつつ、キョーコと繋がりを持てるチャンスの今日を、逃したくなかった。
名前と仕事のセンス、それ以外は目の前の彼女の姿だけしか知らない。
でも、何かを感じた。
彼女も自分に何かしら感じてくれている事も分かった。
だからといって、急いではダメだ。
彼女の中に、あの夜…怯えていたモノがある。
多分、彼女は数回会って安心できる人にしかプライベートは話さないだろう。
直接会って、仲間として認識して欲しい。
それがまずは彼女との距離を進める。
焦らないで行こう。
彼女が…何かで閉ざしてしまったその心を、俺は自然に空けてくれることを望むから……。
キョーコは蓮の言葉と態度に心の中の緊張が、解れていくことを感じた。
それにこんなデザイナーに、特に起用された事は光栄な事だ。
キョーコは喜びで自然と可愛らしい笑顔を浮かべた。
その笑顔は、ここ4ヶ月仲間として仕事をしてきた者達も初めて見た可愛らしさに、皆の視線がキョーコに集まった。もちろん蓮もその可愛らしさに、見とれてしまった。
仕事場であれば真剣で、表情が硬くなることはあっても笑顔ぐらいはでる。
しかしその笑顔とは比べモノにならない程の……柔らかく優しい笑みだ。
「……キョーコちゃん。そんな笑顔もするんだね……」
「えっ!?」
「めちゃくちゃ可愛いわよ! その辺りの男ならイチコロ……になっているのが居るわね……」
石橋光が、ポカン…っと口を開けて、ほんのり顔を赤らめてキョーコに見惚れていた。
他にも見ていた男も居たが、光は周りにまでまともに心の中が見えるような表情だった。元々キョーコのことを気にしていたせいもあってか、その可愛い表情に心まで奪われたようだ。
「おい、石橋! 仕事中の顔じゃないぞ!」
後藤にそうつつかれて光は我に返った。そして、自分の見惚れてしまった理由の相手が、自分も憧れてしまう程のいい男で、悔しい気持ちよりも相手が悪いと諦めの気持ちの方が大きかった。
《つづく》 13へ
あの……予定外の光君です(^▽^;)
急に飛び出してきました……(^^;;;;;;
もう勝手に動きまくるお方達です!
PS お昼に時間がありまして、アップ用意していたら、
アップ中にネット回線が拗ねました
同じタイトルで更新のお知らせが行く方もあると思いますが、
申し訳ありません。m(_ _ )m
内容は少し違うだけでほぼ同じです。