ディスプレーデザイナー 7
『蓮』…『敦賀蓮』は、モデルだがデザイナーもしていると訊いた。
華やかなモデルの仕事だけでも十分に魅力的で、周りの視線を集める存在。そして笑顔になれば、女性だけでなく男性も魅了すると訊いた。
デザイナーはショーで自分の作品を披露するとき以外は、少しだけ陰の存在。
でも、モデルともなれば華やかなショーで人々の前に出て舞台を動き、服達と一緒に視線を集めて女性の目は釘付けだろう。
そんな彼がモテない訳はない。
でも、浮いた噂もないらしいと、この前にショーを見に行った時に噂をしていた人の言葉が耳に入った。
『蓮って、モデル仲間の人が口説いても、食事に付き合うぐらいはしても落ちないんですって…』
モデル仲間。ショーに出るぐらいだからキレイな人だろう。
そんな人でも簡単に付き合う訳じゃないなんて、理想が高い人なんだろうか?
それとも、もう好きな人はいるけど内緒にしているとか?
でも彼ほどの人なら、誰に遠慮することなく付き合ってもいいのに……。
それとも、裏に噂で流れるソッチの人…?
……それは考えたくないな……。
だって、彼は体格からも、そしてショーの時に聞こえた男らしく低く響く声だって、『男性』としても素晴らしい存在感があるのだから、一緒に歩くパートナーは素敵な女性でいて欲しい。
……でもそれが、私でないのは確かよね……。
作り上げた作品は、デパートのウィンドーを飾る表舞台にはいるけれど、私の名前が出るわけではない。
だからといって、それが不服ではない。こうやって私のディスプレーを指名してくれるお店がある。
私の作品を通して私を見てくれる人が居ることが嬉しい。
人との付き合いが下手な私だけど、私の作品を通して私と付き合う、私の生み出した作品が誰かを感動させられたら……、私はディスプレーデザイナーとして生きていくことが出来て、最高に幸せ……。
今日の朝までに飾り付けたディスプレー……。
誰か一人でも寒さの中の暖かさを感じてもらえたら、幸せ……。
……『蓮』は、見てくれるだろうか?
作りかけのディスプレーを見てはくれたけど、忙しいからじっくりなんて見てくれるのは無理かな?
昨夜のことは、ほんの偶然。
モデルとして尊敬している素晴らしい男性。
私はウィンドーにディスプレーする事で、飾り付けた物達を素敵に見せるお手伝いをする。
『蓮』は自らに纏って、ステージの上でその素晴らしさを見せる事が出来る。
やり方は違うけれど、作り出された物の良さをアピールするところは同じだ。
キョーコは、出来るなら……完成したディスプレーを彼に見てもらいたいと思った。
表舞台の彼になど、私の作った小さな空間の芸術は、とても小さすぎるかもしれないけれど……。
キョーコにとって、昨夜のすれ違いのような、出会いと言ってしまうには僅かな時を夢のように思いながら、また会うことは殆どないだろうと思った。
そして今日の仕事としてやるべき事を前に、朝食兼昼食を簡単にすませた。
昨夜は空腹のままでのカンテツは厳しい為、おにぎりと少しだけ摘める物を用意して夜食として食べていたから、全くの空腹ではない。
でも、体のリズムを崩さない為にも、そして本来のリズムを崩してのカンテツで行う仕事の為にも、食事には気を使っていた。夕食も、仕事仲間との外食も控えめにして、栄養バランスを考えた手作りを心がけていた。
カンテツになる仕事は二週に一度にするようにして、もう一ヶ所のディスプレーは夕方から深夜で終わるようにお願いをしていた。
こちらの場所は正面ではなく、店の横に当たる位置のお陰で、閉店を待たずに取りかかれるから出来る事だ。普通はそんな無理はこちらから言い出せない。
それでも私を指名してくれている。だったらその期待して貰える気持ちには応えなければいけない。
まだ新人のような私にこれ程期待して貰えるのなら、今の私だから出来るディスプレーを、夢の空間を作り続けたい。
だから無理をして倒れないように体調を管理し、そして私にとっての夢の場所へ辿り着こう。
『夢の場所』…その言葉に、また…ふと蓮の顔がよぎった。
キョーコは首を振って溜息を吐いた。
……あの人は、夢の向こうの人……。
また会えることがあっても、すれ違うぐらいがせいぜい……。私の顔を覚えていてくれるかもわからないわ。
昨夜の私……逃げてばかりだったもの……。
蓮がキョーコに対して、思いを馳せていることを知らないキョーコは、蓮とは住む世界が違うと思うことで、偶然のすれ違いをないものとしようとしていた。
《つづく》 8へ
読んで下さってる方が、じれじれしてるのが見える様な…。
先は長そうなので、ホントに気長にお付き合いください。
ディスプレーデザイナーというお仕事については、
少し知っている事を自分流にアレンジもしていますので、
事実とは違う事もありますのであしからず…。