ディスプレーデザイナー 8



「蓮! キョーコちゃんは次のディスプレーの打ち合わせに、今週中にまた来るそうだぞ!」
 事務所に寄った社が、部屋に入ったと同時に嬉しそうに蓮に告げた。
「今週中ですか?」
 俺は嬉しいと感じながらも、驚きも感じていた。
 早く会えるなら素直に喜べばいいのに、早く会えることに心の準備が出来ていないと、心が落ち着かない気持ちになった。
「そうそう。俺が初めてキョーコちゃんに会った時も、打ち合わせで来ていた時だったんだよ。忘れてた。飾りの準備するものとかを注文する物もあるだろ? その為には一週間じゃきかないから、終わったら次か、催しによってはまたその次の打ち合わせまで入るらしい」
「……それはかなりハードな打ち合わせですね…」
「詳しいことを訊きたいか?」
 ワクワクと楽しそうな目をしている社に、蓮は表情を固めた。
 こんな時の社は蓮で遊ぶ気、十分だと知っているからだ。
「仕事以外にも、キョーコちゃんの情報を仕入れてきているぞ!」


 社さん……俺で遊んでいるようにしか見えないんですが、その笑み……。


 蓮は仕事上のパートナーともいえる社が、自分に対しては私生活の面でも面倒をみようとしている姿が嬉しくもあり、お節介なほどな相手にもなると感じていた。
「いい年をして…後輩で遊んで楽しいですか?」
 控えめにだが、はっきりと蓮は社に言った。
「遊んでないぞ。お前の反応を楽しんでるだけだ。それに、キョーコちゃんの評判も訊いて来てだな……」
「ではいいです」
 俺は社さんの説明をばっさりと切った。


 やっぱり俺で遊んでいるじゃないですか! 反応を楽しんでいるというのは、遊んでるいるという意味と思いますが?


 彼女の事は知りたいが、変な先入観は持ちたくなかった。
 俺の言葉にがっくりして見せた社さんが、次の瞬間には俺の肩を掴んで叫んできた。
「そんなに素っ気ないと、俺の苦労が水の泡と化すじゃないか!」
「……そんなに苦労してくださったんですか? 俺の為に…」
 どこまで本気にしていいかと思ったが、そこまで言われると邪険にも出来ない。
「まあそれなりにな」
「……では、プライバシーに割り込みすぎない程度に教えてください」
「そうか? 彼女のスリーサイズとかはどうだ?」


 ……一瞬信じた俺がバカだった。 
 やはり心配よりも、遊ぶ気でいる。


「貴方に遊ばれてまで欲しい情報は、彼女に会えるなら直接訊きます。それに、彼女に対して、会ってみたいという気持ちはありますが、女性として……まだそういう感情は持っていません。人としての興味はありますが、男女の付き合いとかまで、まだ考えていませんのであしからず…」
 そうキッパリと言うと、社さんが残念そうな顔になった。
「……お前な、いい年をした男と女だぞ。何がどう気持ちを動かしてどっちに転ぶかなんて、わからないものだぞ…? それもお前はモデルも出来る良い男で、キョーコちゃんだって可愛い子じゃないか……。仕事も出来て自立してる。それにお前……俺が知ってる範囲では、初めて女の子に興味を持った。違うか? それに今、お前『まだ』と言ったぞ?」


 それは図星だった。
 モデルを始めてからは、余計に言い寄ってくる女性に辟易している。
 学生時代の反動だろうか…?
 それに無意識に言った『まだ』という言葉の裏には、先はわからないが、流れによっては意識するという意味も隠れているのか?


「まあいい。キョーコちゃんの情報だ!」
 社さんがメモを取りだして読み上げだした。
「キョーコちゃんのフルネームは、最上キョーコ。年齢二十歳。一人暮らし。YK企画にアルバイトから入って、高校卒業と同時に正式入社。デザインの下積みは会社に入る前から光っていたそうだ」
 そこで社さんの言葉が止まり、俺は腰掛けていたイスから社さんを仰ぎ見た。


「それで終わりですか?」


 メモを取りだして読み上げ、水の泡と言って大げさに言ったにしては少ない情報だったせいか、ついそんなことを言ってしまった。
「あと一番の情報としては、キョーコちゃんの来る日は今週と濁したが明後日だ!」

 社さんとしては、確かに少ないかと思いはしていたが、俺の言葉に少しばかりムキになって一番の情報を蓮に向けて言った。
 蓮としても下手な噂話はなくても良いと思っていたので、会える日がわかるだけでもよかったかもしれない。


「すみません。せっかく調べてくださったのに、それで…なんて言って……。でも俺にはそのままで彼女に会いたいので、今教えてくださった情報で十分です。ありがとうございます、社さん」
「……すまんな。本当はもう少し訊こうとしたんだが、個人情報とか言われて、仕事上の最低限な事しか教えてくれなかったんだ」
「十分ですよ。個人情報は、今はそれだけでお金になる時代です。彼女が教えてくれたなら、知ることが出来る。それで十分です」


 ……何よりも、夜とはいえ人に怯える彼女のことだ。
 まず知り合いとして会うようになってくれるのかもわからない。
 何かあるのかもしれない……。
 会って、そして俺を見てくれるように、俺を信頼してくれるようになりたい。
 そしてできるなら…彼女が怯えることの無いようにしてあげたい……。


 ……これは、こんなに彼女を思うことは、社さんの言う通り、もう恋をしかけているのだろうか?


 蓮は明後日が待ち遠しいと、キョーコに思いを馳せた。




 ディスプレーが終わった翌日、キョーコは宝田デパートの事務所に連絡を取った。
 打ち合わせに関しての変更がないかを確認するためだ。
 キョーコのような新人が変更を申し出ることは、何か失敗をした為ということもある。
 しかし、デパート側からの変更は、キョーコが先日の打ち合わせで頼んだディスプレーについての小物などが期日に間に合うか、最後の詰めまでに…キョーコの飾り付け前までに、デパート側も納得したものに仕上がるかの許可がいるときもある。
 デパート側としても、自らのイメージを損なうディスプレーはしてもらっては困るという事実もある。
 だが、キョーコに関して言えば、宝田デパートからのそういった内容でのキョーコのディスプレーを止めることは一度もなかった。
 キョーコのディスプレーが奇抜ではないこともあるが、事務所というよりも、その上から自由にやって良いとの許可が出ているらしいことをキョーコは感じ取った。
 キョーコの力を信じてくれていると感じられる喜びは、今のキョーコには自信として力が沸いてくるようだ。
「では、明日の1時に伺わせていただきます」
『わかりました。予定通り1時でお願いします』
「よろしくお願いします」
 キョーコはまた次の仕事に全力で頑張りたいと、携帯を持ったまま頭を下げた。
『そうそう。ウチのメンズの敦賀蓮…ご存じですよね?』
 知らなければおかしいというように、デパート側の男が言った。



              《つづく》     9へ


見えない処で意識し始めた二人です。

さて、メモ帳までの道のりは遠い…(^▽^;)


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