トニーさんは、
ヨットに乗っている...
そういうと、
大金持ちみたいに思うが、
昭和の、仕事も安定しない時代に育った、
苦労人である。
いつも、
就職するまでの苦労話や、
初めて来たローマで騙された話など、
いろいろ語ってくれた。
そんなトニーさんが、糖尿病を患う。
「お酒がさ、飲めね〜んだよ。」
お店にある、ワインやリモンチェッロを横目に、
恨めしそうな顔をする。
それでも、みんなとの宴では、節制しながら、楽しんだ。
翌年、
ゲソっと痩せたトニーさんが、お店に現れた。
「どうしたんですか?」
聞くと、
「胃の中に、癌が見つかってさ、3分の1、取っちゃったんだよ。だから、食べれなくってさ。」
術後、安定期に入って、すぐにイタリアにやってきたのだった。
それだけ、イタリアを愛していた。
「笑っちゃうんだよ。胃の手術したときにさ、胃の周りについてる脂肪とっちゃったわけ。ガンよりさ、大きいんだもん。」
私たちの心配をよそに、
笑いながら語るトニーさん。
傍ではいつも、ノリさんが、
「全く、人の言うこと、聞きゃあしない。あ〜〜また、こぼす!」
お母さんのように、見守っている。
この二人が結婚したのは、
イタリアに来るようになって、2年目である。
私が出会った当初は、別性を名乗っていた。
こんなに素敵なカップルもいるんだな...
何となく、そう思った。
紙きれでは左右されない何か、もっと強いもの。
再び、トニーさんがやって来た時、
首に大きなコブを抱えていた。
トニーさんに襲った、ガンの再発は、
トニーさんを異様に怖がらせた。
「俺、死ぬのは怖いよ・・・」
「何言っているんですか?また、来年、ご飯一緒に食べましょうよ!」
それが、最後となり、
抗がん剤治療に入って、間も無くして、
トニーさんは還らぬ人となった。