イタリアで、聞き捨てならない、この言葉... | 私のイタリア時間

私のイタリア時間

イタリアに住みはじめて、20年もの月日が経ちました。
イタリアでの何気ない日々。流れる時間の中で起こる、ふとした出来事や思い。
このブログでは、そんな日常を1枚の写真と共に書き綴っています。




昼の15時を過ぎる頃には、

ほとんどのお店が閉まりかかる、メルカート。

何をのんびりしているのか、

中央の入り口は、なかなか閉まらない。


こういう時間になると、

覗きたくなる、通りすがりの人々。

締め際を見極めるのは難しい。

思い思いに手に取るのを、放っておくわけにもいかずに、

挨拶をする。

「ぶぉん じょるの~~」

と、

顔を見た瞬間、

わし摑みした、スパイスを放り投げ、

「No No No Cinese... No~~!」

と、

のたまうイタリアおばはん約1名。


3人寄れば...というけれど、

知恵は出ずとも、

声は出る。

何人か一緒になると、

より一層デカくなる、

その態度。


ちょいと、お怒り気味のバカ殿...

とまではいかずとも、


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こんな顔になっていたに違いない私。

勢いあまって、呼び止める。

「シニョーラ~~!」

振り返るシニョーラに、

「Sono gipponese(ソノ ジャッポネーゼ=私は、日本人だよ!)!」

と強く言う。

何もなかったふりをして、

行こうとするのを、

敢えて引き留めて、

「シニョーラ!そ~の じゃっぽね~ぜ~~!」

と繰り返す。

「あ~、ごめんなさいね~~!あんたの言う通りね。」

だなんて。


別に中国人に間違われてもいいけれど、

露骨にやられると、

ちょいとな...と思った、

今日の午後。


時々、こんなことがあるけれど、

聞き捨てならない、このセリフ。

外国に居ることの

洗礼だと思うべきか...

15年経った今でも、

困る時がある訳である。




⬇︎ 頼むよ、イタリア人!!!

  


最後までお付き合い、どうもありがとうございます。